第55話
かつて、よぞらがゲートの耐久性を自慢してきたことがある。
「見てて! これ絶対に壊れないから!」
彼女はハサミでゲートを出現させたA4用紙を切ろうとした。当時僕は小学四年生であった。古紙と木材で作られた再生紙ごときが鉄製のハサミに勝てるわけがない。じゃんけんがソレを証明しているではないか。アンフェアな見世物に騙されるほど純情では無かった僕は「切れるに決まっている」と言って相手にしなかったのだが、結果は切れなかった。むしろハサミの方が壊れてしまうくらいゲートは硬かった。
「ほら見て! すごくない!?」
「なんで?」
「魔法だよ魔法! あんたも体験したから知ってるでしょ?」
「僕が?」
よぞらが言うにはゲートは空間に開いた穴だからこの世のどんな物質でも壊せないのだそうだ。
僕はすべてを信じたワケではないが、しかしそういうモノだろうと思って納得していた。だから、UB‐Sがゲートを破壊したときはよぞらと同じくらい驚いた。
破壊されたゲートが溶け込むように消えていくのを見ていることしかできなかった。
「UB‐Sは誠心誠意あなたをサポートします」
触手が先端から岩肌に向かって透明になっていく。岩肌の向こうが透けて見え、本体さえも透明になってしまうと、新たな脅威が現れる。
ふいにUB‐Sの体内をシロナガスクジラが通り過ぎた。
「なぜ?」と思う間に今度は宇宙に浮かぶ星々が見える。鳥の羽ばたきとともに大空が一面に広がり、異世界の城下町の映像に切り替わる。
理屈は分からないがゲートの力を取り込んだUB‐Sがいろいろな世界にゲートを開きまくっているのだ。
「なんだコイツは……何をしている!」
イルルが剣を飛ばした。UB‐Sの胴体を通過した剣は馬車に乗っているシルクハットの男に突き刺さり、モノスゴイ悲鳴が上がる。本体にダメージは無い。
「コイツの体は別の世界に繋がっている! 攻撃はすべてその世界の誰かに当たってしまうぞ!」
「なんだって!?」
「コイツが壊したのは別の世界に繋がるゲート。その力を取り込んだことでコイツの体が異世界に繋がったんだ!」
「どうしてそんなことが!?」
「理屈なんぞ知らん! しかし今は逃げるべきだ! イルル、お前は瞬間移動ができるんだな!?」
攻撃が当たらないという事は完全なる無敵になったということである。ゲートの特性は触れたものを別の世界に送り出すこと。その特性をUB‐Sが得たのであれば、彼らの攻撃はすべて異世界へ飛ばされてしまうのだ。そして、攻撃したものはあの時のハサミのように壊れてしまうであろう。空間を歪めるくらい超常的な力でもあれば倒すこともできるだろうが、今の彼らには無理だ。
レイン・オーズベルトというメガネの男が瞬間移動を示唆したことを思い出してほしい。この世界にはテレポートなど瞬時に移動する手段がある。よぞらの力は別世界に行くことしかできない上にゲートを開くのに時間がかかるから、イルルがその力を持っているのであればすぐに使うべきだと考える。
「コイツを倒すことはできない!」と言い、よぞらとショウを抱き寄せてイルルを睨むが、彼女は首を振った。
「今ここで殺すべきだ。お前に制御する気が無いならなおさらな」
彼女は無数の剣を蓮の花のように出現させると四方八方に向けて放った。
UB‐Sの体はどこかの学校に繋がっていた。そこでは魔術的実験を行っていたらしく、机の上に鍋や薬草があり、黒のローブを着た学生や教師がいた。イルルの剣はまず煮えたぎる大鍋を貫いた。ハデな音を立てて割れた鍋からドロドロとした液体があふれ出して辺りを黒く焦がす。学生たちが大混乱を起こしたところを剣が次々と襲い、焦げた床から火の手が上がり、その世界は大惨事に見舞われた。
「イルルやめろ! ただ犠牲者が増えるだけだ!」
「ならどうしろっていうのよ! 私にはこの世界を守る義務があるの! こんなヤツを放っておけるワケがないでしょ!?」
「だったら、今は手の打ちようが無い事を理解するべきだ!」
「でも!」と言い、イルルは持ち前の後輩っぷりを遺憾なく発揮した。「そんなこと言われたってわかんないよ! お前がどうにかしろ!」
「できるもんならやっとるわ!」
歯痒い思いをしながら僕は他の冒険者を見た。彼らも攻撃をしていたらさらに犠牲者を出すことになる。それだけは止めねばならない。「お前らもなにもするなよ!」と言い振り向くと、こちらはこちらで別の脅威に襲われているのが見えた。
「う、うわぁ! 来るな! 来るなぁ!」
ヒーラーがタコのような足に捕まってもがいていた。彼らはヒーラーを助けるのに一生懸命らしく、こちらの様子など見る余裕も無かった。
「なんなのこのタコ! でかすぎるわ!」
「これも魔物なの!?」
「コマタニが言っていた別の世界の魔物だろう! こんなでかい奴はこの世界にいない!」
剣技や魔法で応戦するも、巨大タコはひるむだけで拘束をゆるめようとしない。
「ひ、ひぃぃィィィ!」
ヒーラーが為すすべもなく引き込まれていく。捕食するためにタコがUB‐Sの体からこちら側に出てきた。「そこだ!」と、そこを倉科が叩いたことでようやく拘束が緩んだが、ただ絶望を後回しにしただけであろう。
「UB‐Sが誠心誠意あなたをサポートします」
とつぜん景色が切り替わった。そこは洞窟内のようであるが、どこか様子がおかしい。洞窟内にはUB‐Sと冒険者たちがいるが、僕とよぞらとイルルの姿が無い。
「まさか……!」
よぞらがハッとしたように目を見開いた。「いますぐ離れて! 彼らに触れないで!」
「今度はなんなの!」
「そこに映っているのは並行世界のあなたたちよ! もし触れてしまったら――!」
と言い終わらないうちに、ずっと傍らで倒れていた三つ編みの少女がフワリと浮いた。UB‐Sの体に映った並行世界の三つ編みの少女の体も同様に浮き上がり、まるで磁石が引き合うようにUB‐Sの境界面でぶつかる。
その結果起こったことを僕は詳しく記述しないが、二人の少女はぶつかった瞬間にはじけ飛んだ。
「ドッペルゲンガーに触れてしまうと……」
辺りに生臭い鉄の臭いが充満した。
「UB‐Sは誠心誠意あなたをサポートします」
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