第54話


「ショゴスごときがどうやって?」


「ワタシには分かります。なぜなら、六十パーセントの酸素と二十二パーセントの炭素と十パーセントの水素とその他いっぱいの元素から構成されているカラです!」


 ショウは「どうだ!」と言わんばかりに胸をそらした。しかし、そうじゃない。


「元素とかの話じゃ、ないんだ……」と異世界勢の中で唯一話を理解できる倉科が首を振る。「たしかにそれは人体の構成元素だけど、そういう話をしているんじゃないよ」


「なら、他に人間らしいところがありマスか?」


「僕に訊かれても困るよ……でも、とても面倒見が良いところとかある意味公平なところとかは信頼できるけどな」


 見かねた倉科が助け舟を出した。けれどショウは首を振って「ゆうはただの興味本位です。ワタシを実験動物のように扱いマス」と言う。救世主になると期待していたわけではないけれど、やはりガッカリしてしまう。


「そういうところもあるね。彼は全人類を実験対象にしているところがあるから」


 倉科はそう言って頷いた。


 何なのだコイツらは。


 僕は落胆した。倉科の態度も含めて様々な意味で。


 僕がUB‐Sなる生物ならこの機を逃さないだろう。退路を塞いで一掃すると思う。さっきまで激しく敵対していた者が突然攻撃をやめて内輪もめを始めたのである。どうぞ殺してくださいと言っているようなものではないか。緊張感が無さすぎる。


「アイツに知恵があったらどうするんだ。またイルルの半端な知識に踊らされているんじゃないのか? ショウにしたって友達云々の話があったのだからそっちを引き合いにだすべきだろう」と心の中で文句を言った。


「クエスチョン。その方が良かったデスか?」


「TPOには即しているだろうね」


「てぃーぴーおー?」


「こういう時は情に訴えかけた方が説得しやすいという事だよ。感情というのは脳髄が分泌するホルモンのバランスで決まるのだから、それを利用しない手は無い」


「トモダチは感情ですか?」


「感情だろうね」


 僕はテレパシーで伝えた。理論派を自称する僕でさえ倉科に一抹の情を感じるくらいだから、彼らが動かされないはずがない。人間はみな脳髄の奴隷である。


「あんたの話はムズカしい時があります」


 ショウはむすっとした。「デハ……ワタシが感じたものはトモダチではなかったのですか」


「まあ、これから学べばいいさ。人間は面倒くさくて奥深いのだから」


「ワタシは、感情をリカイしません。あんたといると頭ばっかり使います。難しいです。よぞらとあんたが話しているとき、あんたは色んな事を考えるからそれを追うのでセイいっぱいです。でも、ソレが良いです」


 ショウは僕の方を見た。言葉を選んで伝えようとしたのだろう。以下の言葉を口頭で伝えてきた。


 それはこんな言葉であった。


「あんたはとても優しいです。愛情について知っています。ワタシが危険でもイイと言ってくれました。トモダチだと言ってくれました。あんたの言葉には未来があります。ワタシの頭が広がってイキます。それに、よぞらも優しい。ワタシの思い出は二人の優しさしかありマセん。ワタシはそれをトモダチと呼ぶのだと思います」


「…………………」


「トモダチを傷つけるなら、ワタシは断固戦いマス」


 ショウの言葉により場が再び緊張を取り戻した。異世界人たちはキッと顔を強張らせて僕たちを睨む。彼らの主題はUB‐Sから僕に移ったと見て良いだろう。イルルが「お前は脳髄のドン底まで実験動物なのですね」と言い、「制御されたお前など恐るるにたらない」と軽蔑するような笑みを見せる。


「ならばショゴスよ。まずはお前から殺してやろう」


「ソレは……いやです」


「邪魔立てするなら消す。当然だろう?」


 結果として緊張感を取り戻すことには成功した。これは一見デメリットがあるように見えるがメリットもある。異世界人が戦闘の気配を感じ取ればUB‐Sの動きにも自然と着目するはずだ。戦闘経験が豊富な者ほどあらゆる危険に気を配るものである。これが杞憂に終われば良いが、ふいの攻撃に備えておくに越したことは無いだろう。再び戦闘が始まったら、今度こそ僕たちは脱出する。


「まあ待て。つまり、僕がUB‐Sとの繋がりが無い事を示せば解放してくれるんだろう?」と言い、逃げる機会を伺う。


「お前という個体には無いだろう。だが、大魔術師はお前の先祖ではないのかな? 私はそう睨んでいるよ」


「それで痛い目を見たばかりだろ。張り切る気持ちは分かるが、新米がムチャするとロクな結果にならないぞ」


「ううう、うるさい!」


 出来るだけ時間を稼ぎつつUB‐Sの出方を伺う。


 異世界組は女神と僕の動向に気を配っているらしく、特に魔法使いはふいの脱出に備えて杖を構えていた。よぞらの超能力がバレていると見て良いだろう。


「やはりUB‐Sにかき乱してもらうしかないか」


 ところが、僕は粘体生物の力を甘く見ていたようだ。


 とつぜん岩肌の一部が光を放った。そこには石板のようなものが埋め込まれているらしく、光の中に文字のような黒ずみが見える。


「UB‐Sは誠心誠意あなたをサポートします」


 背後からメギメギという不可解な音が聞こえた。鉄骨を力任せに引きちぎろうとしているような嫌な音である。金属音にも似たその音に驚いて背後を振り返ると、なんと触手がゲートを破壊しようとしているではないか。「UB‐Sは誠心誠意あなたをサポートします」


「うそでしょ!? ゲートは絶対に破壊できないはず!」


 よぞらが悲鳴を上げた。触手はゲートを飲み込んで破壊しようとしているらしく、岩肌に出現した目が触手となってゲートに伸びていた。ゲートの境界と触手の接触面が激しく沸騰しており、まるで溶岩に氷の棒を押し当てているように煙が噴出している。やがて怨霊の叫びのような音を立ててゲートが粉みじんに破壊されてしまった。

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