第51話
倉科は泣きそうな顔をして僕を見た。そんな顔をされても僕にはどうしようもできないのだが、彼はすっかりまいっているみたいだ。
「君にはチートがあるのだろう。僕より強いんだから頑張れ」
「でもアイツ再生したよ!?」
「その通り。アレには再生能力がある」
イルルがキッと倉科を睨んだ。「ところで、私の邪魔をしましたか?」
「ひっ! いえ、そんなつもりじゃ!」
「お前が脅迫するからだろう」
僕が言うと倉科の仲間もかけつけて「そうですよ!」「女神様が敵にしか見えなかったです!」「ていうかあんたが女神なの!?」と口々に言う。
「ふん……まあ良い。こういうアクシデントも味方にしなければならない。幸も不幸もコントロールしてこその女神。今回は見逃しましょう」
「―――ほっ、良かった」
「しかし、責任はとってもらいますよ」
見れば、粘体生物の体が激しく波打っている。眠りを妨げられて怒っているのか光の明滅も激しさを増す。液体窒素が蒸発するような蒸気を多量に排出しはじめ、同時にボコボコと不規則に突起を作る。「これは?」と倉科がまた泣きそうになった。
「ショゴスは変身能力を持つ。これはその予兆でしょう」
「変身?」と魔法使い。
「そこのショゴスのように懐いているのなら制御も出来ますが、これは魔術師を殺し自我を得ている。おそらく、生易しいものには変化しないでしょう」
「ふん、そんなの的が動かなくなるからちょうど良いじゃない!」
魔法使いが勝気に火の玉を放った。杖の先がにわかに明るく光る。一瞬吸い込まれるような気流が発生する次の瞬間、太陽のような火球が爆発的に膨らみ、「くらえ!」という魔法使いの大声とともに放たれた。
火球は流れ星のような速度で粘体生物を直撃する。
不快なうめき声をあげて生物が後退した。
「ほらやっぱり効いてる!」
「なるほど。魔力が毒である……と」
火球が直撃した痕から黒煙があがり、腐った卵のような臭いが鼻をついた。
激しい戦いが始まった。魔法使いの行動により突破口を見出した彼らは魔法を中心に戦った。魔法攻撃を受けた個所は他の攻撃に比べて再生が遅いようである。生物は体を振り回して交戦したが、遠距離を保つ攻防には分が悪いように見えた。
「………………」
ふいによぞらが背中を強く掴んだ。長い爪が布越しに刺さって少し痛い。彼女は震える声で「ショウちゃんってもしかして……」と言った。
「よぞら?」
「ごめん、すぐに帰るべきだった。こんなところ来るんじゃなかった……」
「今ならまだ逃げられる。ゲートを開けるか?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
よぞらには僕の声が聞こえていないらしい。ショウから離れるようにスペースを開けて見ないように顔をうずめている。正気を失っていることは明らかで、幼い子供みたいに泣き始めた。「ごめんなさい……ごめんなさい……」
僕はよぞらを抱きかかえると粘体生物から距離を離すために立ち上がった。
「ショウは自分で歩けるよな?」
「イエス。あんたの考えがテレパシーを通じて届いています」
「お前はアレより弱い。たぶん、勝てないだろう」
「ヒドい言い方……素直に別の生物って言ってくれたらイイじゃありませんか」
「お前が何者か僕は知らないのでな」
「ぶぅ」
「とにかく、ここにもう用は無い。餅は餅屋というし、異世界の事は現地人に任せて帰ろう」
僕たちの目的はショウの記憶を取り戻すことである。ココに無いと分かれば戦う必要すらないワケだ。ついでに倉科も連れて帰る事が出来たら一石二鳥。僕たちは飛ばされたガレキを見つけるべく探し始めた。
イルルたちは粘体生物に気を取られている。今の内に見つければ無事に帰られる。咎める者も邪魔をする者もみな粘体生物に気を取られているのだから安全に帰れるはずだ。僕はそう思っていたのだが、あにはからんや伝説に登場する生物は僕たちの想像を簡単に超えてきたのだった。
ふいに前方に人の気配を感じた。
驚いて顔をあげるとそこにいたのは、人の形をした人ならざる者。おそらく魔物と形容するのが一番しっくりくるであろう。
体は猿のようにやせ細っており、顔は人間のようにのっぺりしている。足は長い茶色の毛が生えており蛇のような尻尾が生えている。
魔物が一声吠えると呼応するように周囲からおびただしい叫び声があがる。
魔物は一体ではなかった。
僕たちは魔物の群れにすでに囲まれていた。
その発生源は、この世界でショゴスと呼ばれる粘体生物であった。
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