第52話
「ちょ、ちょっとなんだよこれ! どうなっているんだ!」
「こんなにたくさんの魔物が!?」
「先にこいつらを倒さないと!」
「でも、見たこと無いヤツらばっかりだよ! どうやって倒したらいいの!?」
「どんな奴でも斬れば死ぬ!」
冒険者たちはすぐさま標的を切り替えて戦った。戦闘経験が豊富らしい剣士と魔法使いの二人が粘体生物を牽制しながら確実に一体ずつ処理していく。そのかたわらで明らかに戸惑っている倉科とイルルの高火力二人がめったやたらに敵をせん滅していった。
「女神様! あなた戦闘経験はないの!?」
「無いですよ! だって新米女神なんですよ!?」
「なんだそりゃ!」
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるというが、一騎当千の力を持っているイルルと倉科の攻撃は一撃で十の敵を倒した。しかしあまりにも乱雑に撃つので味方もことごとく死にかけた。
倉科が怯えるのは当然の事としてイルルが慌てているのは意外だ。神を名乗るならもっとどっしり構えて欲しいものだけど「あーもうどうしてこんなことに!?」と涙を浮かべながら剣を振り回す頼りなさは倉科の比ではない。初めて遭遇した時に感じた後輩らしさは間違っていなかったらしい。「猟犬はどうした!」と僕が言うと「だって角が無いもん!」とキャラ付けさえ忘れて、がむしゃらに戦っていた。
「もう知らん! 僕は逃げるぞ!」
魔物の姿は多種多様であった。イグアナの手足を生やしたウーパールーパーのような魔物。翼の代わりに人間の腕を四本ずつ生やした翼竜。手足が魚の尾びれのように薄っぺらい狼。どれも生物のなりそこないのような姿をしており、無様にのたうち回る姿が見る者に本能的なおぞましさを与える。しかしそのおかげで逃げるのは容易かった。
僕とショウは姿勢を低く保ち逃げる事を優先した。今思えば倉科に助けてもらえばよかったのだけれど、この時はそんな余裕などなかった。彼に殺されかけたのだから、化け物よりよっぽど怖かった。危機を潜り抜ける恐怖は望むところであるが、友人に殺されるのはシャレにならない。
「ショウ。いざとなればこの前のように翼で連れてってくれ!」
「あ、ナイスアイディアです!」
ガレキはいったん諦めて洞窟まで逃げる。よぞらが正気を取り戻せばいくらでも帰る手段が手に入るのだから優先すべきは身の安全である。魔物は粘体生物の周囲にしかいない。輪を離れれば逃げる事は容易であった。
ショウのおかげで洞窟の入り口にたどり着くことができた。
僕はよぞらを座らせると肩を掴んで揺さぶる。
「よぞら。おい、よぞら!」
「…………………………ゆう?」
「よぞら!」
何度も呼びかけているうちに気が付いたらしい。「ここは……」と辺りを見回してすっくと立ちあがった。「あの化け物はどうしたの!?」
「逃げてきた。もう帰ろう。ここは危険だ」
「倉科くんがあそこにいるでしょ。連れて帰らなきゃ!」
「アイツなら大丈夫だ。この世界でもうまくやっていける」
「そういう心配じゃない!」
よぞらは「ぎゃおっ」と怒ったが、自分でも驚くほどに僕は安心していた。もう安全だとさえ思った。
「君がいれば良いんだ」と僕は言った。
「そういう問題でも……ない」
「彼らの戦いぶりを見ればあながち間違いではないと分かるけれど、まあ、本当に心配するほどじゃないよ。むしろオーバーパワーなくらいだ」
「まあ、チート……? を、持ってるんだもんね。そりゃ強いだろうけど」
「僕は巫に聞きたい事が出来た。倉科を迎えに来るのは、いったん現代に帰ってからでも良いと思う」
「そう……」
よぞらは俯いた。どこか高揚した様子で「あうぅ……」とうめいた。「あんたが変な事を言うから調子が狂った」
「僕のせいか?」
よぞらはほおずきのように赤い顔を両手で覆って「思い出すから訊かないで!」と吠えた。場違いな事を言った自覚はあるけれど怒っているようには見えない。不思議なヤツだ。
「あの………」
おずおずとショウが口を開いた。
「ワタシは、一緒に帰っても良いのデしょうか……」
「ショウちゃん……」
「ワタシは正体を知りません。テキイが無いことを信じてもらう方法がありまセン。でも、よぞらとゆうと居たいデス」
「………………」
ショウが何者であるかは誰にも分からない。この世界のヤツらはショゴスと呼ぶが、それさえも定かではないと思う。僕たちはいまだ一歩も進んでいない。しかし状況だけが悪くなっていく。
ショウは必死に頭を下げた。
よぞらは猛獣を怖がるように数歩下がった。
後回しにしていた問題がいよいよ明白になった。
僕は「ショウが危険生物かは分からないが、あの粘体生物とは違う事を説明できる」と言ったが、よぞらは納得しなかった。
よぞらは何かを振り切るように「まあ良いわ。一度帰りましょう」と目の前の空間に手をかざした。
「よぞら。ショウはただ僕たちといたいだけなんだよ」
「帰ってから話しましょう」
取りつく島もない。
空間に十センチ四方の亀裂が走り、パラパラと本がめくれるような音がする。
ゲートの向こうに見慣れた部屋が見えた。
このまま帰っても良い事が無いと分かってはいるが、ここに残ったとしてもできる事が無い。
僕は悶々とした気持ちを抑えてもう一度「よぞら。ショウは僕たちといたいだけだ」と言ってみたが、無駄であった。
「だから帰ってから聞くって」と言い、怒ったようによぞらが振り返った。
その瞬間、泥沼の空間全体に亀裂が走った。まるでガラスが割れるみたいに紺色の空が、延々と続く泥沼が粉々に砕け散る。その後ろから冷たい色をした洞窟が姿を現した。どうやら粘体生物の脅威はまだ僕たちを捕らえていたらしい。今まで見ていたのは幻影で、本当はずっと遺跡の下にある洞窟の中にいたようだ。
「な、なんだ!?」と剣士の声がした。
見れば、冒険者たちがすぐ近くにいた。景色のみならず距離さえも錯覚させることができるらしい。
遠くに逃げたはずの僕たちと戦い続けていた冒険者たちとの距離はほんの数メートルしか離れていなかった。
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