第50話


 倉科が言っていたことを整理してみようと思う。彼はこの世界に来たとき始めに女神に会ったと言った。女神にチートを与えられた彼はリウェルドームにてドラゴンを討伐しいちやく時の人となると、仲間を貰い、主人公のような人生を歩み始める。ところがもとをただせば彼の転移は事故なのである。桃髪の少女がもたらした手紙を読んでしまったことによる偶発的事象によって彼はチート系主人公となった。


 僕はもっと早く気づくべきだった。


 倉科に手を差し伸べた女神とは何者なりや?


 事故で転移した人間にチートまで与えて歓待した女神。自らの過ちを取り戻すために手を加えたと考えればスンナリ辻褄があうではないか。


「国王の卑劣な罠をくぐり抜けよくぞここまで来てくれました。駒谷ゆう。この世界にはお前が必要なのです。異星からの侵略者を共に排し永久とわに安寧をもたらそうではないか!」


 イルル・ヤンカルルシュと名乗った少女が指を鳴らした。


 まるでトランプが裏返るかのごとく空間が次々と翻っていく。ジャキンジャキンと金属が擦れるような冷たい音と共に現れたのは宙に浮かぶ無数の剣であった。


 無数の剣は睡蓮すいれんの花弁のようにイルルを囲む。彼女はその中心で仏のように冷たく微笑んでいた。「覚悟は良いか?」


「これ!」とよぞらが何か思い当たったらしい。


「この剣は、現代で襲ってきたヤツが使ってた魔法よ!」


「え?」


「ほら、富士山の時の!」


 そう言われて気が付いた。無数の剣が空を埋め尽くした光景を忘れるものか。たしかあの時は鎧の男の力で撃退したのだったか。襲ってきたのは巫だとばかり思っていたから考えもしなかった。だが、イルルが襲ってきたのだとしたら新たな疑問が生まれる。


「……いつ、ショウの存在を知ったんだ?」


 僕の独り言に応えるようにイルルが口を開いた。


「私はショゴスを追っていた」


「ショゴスを」


「同格の力を持つ存在であれば、この異星から現れた侵略者と充分に渡り合えるだろう。私にはこの世界を守る責務がある。もう少しで手が届くというところだったのにあの男に邪魔をされた―――ゴージャー!」


 イルルは珠のような頬を震わせて叫んだ。「アイツさえいなければ!」


「つまりお前ははじめからショウに狙いをつけていたってことか?」


「そうだ。宇宙に並行世界と異世界の二つがあると知ったとき。私は異世界のショゴスの存在を知った。私は世界を探し回りショゴスの伝説を追い求めた。そしてついに、あの伝説通りの存在を見つけた。それが、そこにいるお前だ」


「……ワタシが」


「そしてお前を従えているそこの男こそが伝説の大魔術師の子孫。さあ、手を貸せ。さもなくばお前の友は死ぬ」


 いきなりずいぶんな言われようである。僕が大魔術師の子孫でショウが伝説の神様だって? 勘違いも甚だしい。僕はただの人間だし、ショウは記憶を失った水色柏餅である。すべてアイツの思い込みだ。僕は断固として断るつもりだった。


「コイツを倒すには、私の力だけではどうにもできないのだ」


 イルルが手を払うと剣がいっせいに粘体生物に向かって飛んだ。まるで雪をかくように生物の体が刻まれ小さくなっていく。見る間に体積を減らし、あっという間に三分の一ほどの大きさになった。


 ところが生物は何事も無かったかのように体を波打たせている。イルルが攻撃をやめると飛び散った体がすべて本体の元へと帰っていく。


 イルルはこうなると分かっていたのか「ほらな」と言って舌打ちをした。


 この世界の事なんて僕たちには関係ない。誰が死のうが生きようがこの世界の中でのみ意味がある話だ。しかも聞いていれば僕たちがいなくても良さそうな話じゃないか。チートを持った倉科をもっと信用してやれ。


「よぞら、準備はできてるな?」と目配せすると、よぞらも万事承知しているというふうに頷いた。


「この世界にいたら何をされるか分かったもんじゃない。ショウちゃんがショウちゃんであるうちに逃げましょう」


「その通りだ。アイツの話はデタラメだ。聞く価値もない」


 よぞらが体で隠すようにゲートを開いたガレキを取り出した。ゲートの向こう側に見慣れた僕の部屋が映っている。これに触れれば帰る事ができるのだ。


「帰ろう」


 ゲートに触れる。その直前であった。


「気づかないとでも思ったか!」と僕たちの間を突き抜けるように飛来した剣がガレキを吹き飛ばした。さらに驚いて後ずさりしたところへ別の剣が突き付けられる。


「――――ひぁっ!」


 気づけば僕たちは完全に包囲されていた。腹や太ももや喉元など、急所のほとんどに刃が這った。少しでも動けば殺す。そう言われなくても体がすくんでしまうほどの緊張が刀身から伝わってくる。


「天ケ瀬よぞら。やはり貴様だけは殺しておくべきだったか」


「や、やだ……やめてよ……」


「懇願するなら私ではなくボーイフレンドにすることだ」


 よぞらが泣きそうな顔で僕を見る。


 死にたくない。けど、アイツに手を貸してなんて言いたくない。そんな葛藤が浮かんでいる。


 僕にとっては、自分が死ぬことよりもよぞらの表情の方が衝撃だ。彼女が悲しむところを見たくない。彼女を助けたい。そう思ったから、僕はイルルの要求をのむことにした。後の事なんて考えていないけれど、よぞらに泣いてほしくなかった。


「――分かった」


 ところが僕がそう答えたとき、今度は予想外の方向から斬撃が飛んできた。


 剣の軌跡の形をしたエネルギーの塊がものすごい速度でイルルに直撃する。彼女はとつぜんの攻撃に驚いたのか、僕たちの拘束が緩んだ。


「大丈夫か!」


 僕はすぐさまよぞらに駆け寄った。「ケガは無いか?」


 よぞらはコクリと頷くと「ゆうの方こそ」と僕を抱きしめてくる。


「ショウも無事か?」


「イエス。損傷はありません」と言い、ショウもよぞらの真似をして僕に抱き着いた。


「駒谷くん! 大丈夫かい!?」


 見れば、倉科一味が来ていた。彼はひどく驚いた顔をしてイルルと粘体生物を見比べると僕の顔に視線を落とす。「これ、どんな状況?」


「お前の女神様に殺されかけたんだよ」


「え、女神様?」


 と言い、彼は顔をあげた。「わっ! ホントだ女神様だ!」


「あそこの生物がショゴスと呼ばれているらしい。コイツを殺せなければ僕たちが死ぬ」


「なんだよソレ……いや、でも、僕が呼ばれた理由がコレなのだとしたら、僕は……」


 倉科はチート系主人公のごとくどこか楽観的に呟いた。やがて心が決まったらしい。


「僕、やるよ」と言い、彼は剣を振るった。


 先ほど見たエネルギー弾が今度は生物を襲った。


 しかし先ほど見た通り斬撃が生物の体を抉りぬけると、元通りに戻ってしまう。


「……どうやって倒そう?」


 倉科が泣きそうな顔をした。

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