第48話


 シャボン玉がパチンと割れてガレキが降ってきた。


 それは、小部屋を埋め尽くすほど大きなガレキであった。


 魔術的な支えを失ったガレキが自分の重力を思い出すのに時間はかからない。ハッと気づいた時にはすでに目の前に迫っていた。「よぞら! ショウ! 危ない!」


「ゆう!?」


「僕が守ってや――――あっちぃな!」


 反射的に手を伸ばして二人を抱きかかえた瞬間、異常な熱さが僕たちを襲った。地面の一部が鉄板のように熱されており、膝をついた一瞬、凍るような熱さが体を突き刺した。


 僕は魔法による挟撃を考えたが、「それは無い」と地面に触れたよぞらが呟いた。「ここだけ熱いみたい」


「遺跡の床が熱を持っている? という事は……なるほど……これは神様を封印するための遺跡だったのか」


「ベルマンさんはここで温泉が湧いてるって言ってたけど……もしかしてこの下?」と言い、何か閃いたらしいよぞらがすばやくゲートを開いた。


「ショウちゃん、これを使って床を壊して!」


「イエス。ですがこれは……」


「いいから早く!」


 渡したのはこぶしくらいのガレキであった。ゲートを開いたガレキであるが、よぞらが言うには移動用ではないらしい。「強度は同等だと思いマスが……」とショウは首をかしげながらも床を壊し始めた。「あ、アツくない!」


 それと同時に僕はショウにテレパシーを送った。一度に二人の相手を求められたショウは大変だっただろう。しかし僕たちはそれぞれ思いついた解決策を実行するのに必死だったのだから許してほしい。


 僕は急いで訊ねた。


「僕に魔力反応はあるか? 分かるんだろ!?」


「イエス、あります!」


「よし!」


 小部屋は二畳ほどの狭さ。僕は壁に両手を押し付けるとガレキを止めるべく立ち上がって背中をさらけ出した。


 僕には二人を守りきれる確信があった。ヒントはスズランの香りにある。馬車で襲われたときヘレナさんがどうやって僕たちを守ったかを思い出していただきたい。あのとき僕たちが助かったのは香りに魔術的仕掛けが施されていたからだと考える。香りとは化合物の作用である。そのメカニズムについて語るのは本ページの趣意ではないので割愛するが、香りの中に魔力を仕込むことができたならば、香り成分を通して魔術を発動させることもできるだろう。


 すなわち、調香師とは味方をサポートする職業なのではないかと僕は予想している。


 だから僕は精いっぱい背中を広げて二人の傘となった。


 体を支えるために両手をしっかりと突き、痛みを分散させるために背中を水平にする。そこへ分厚い石の塊がのしかかってくる。


「ぐぇ、痛くはないが……重い…………」


 まるでマットレスを背負ったときのような苦しさがあった。肋骨が軋み肺が圧迫される。しかし痛みは無かった。その苦しみも、ポケットの中の小瓶が揺れるたびに薄らいでいく。


 これが同時に進行していることを忘れてはならない。


 よぞらが気づいたのは辺りにスズランのような香りが濃く揺らいだ時だった。


「ちょ、ちょっと!? あんた何やってんの!?」


 ショウにガレキを渡した彼女が振り返ると、巨大なガレキを支える僕の姿が映る。あたかも現代に転生した軟弱なスーパーマンのごとき姿がそこにあった。


「時間なら僕が稼ぐから……そこから逃げられるんだな!?」


「やめて! そんなの早く捨ててよ!」


「捨てれるもんなら捨てとるわい!」


 僕の体はどんどん硬化していく。それは皮膚と筋肉の隙間に硬質のプラスチックシートが差し込まれるように気持ち悪い感触である。しかし気持ち悪さが勝るころには苦しさがほとんど無くなっていた。


 よぞらは懇願するように僕を見つめて「もう死なないで」と言った。


 その激情に打ちのめされたような弱々しい顔に僕は驚いた。しかし、彼女に説明している暇はない。僕は叫んだ。「ショウ、まだか!」


「コンプリート! 破壊完了です!」


 ショウはガレキを振り上げると渾身の一撃を放った。するとバキンッという重たい破裂音とともに亀裂が走り、バゴンと床が崩れ落ちた。


「うわっ! やりすぎだろ!」


「きゃああああああ!」


 僕たちは崩落に巻き込まれる形でどうにかその場を脱出した。


 遺跡の下は洞窟になっていた。


 洞窟はとても短い。数メートル先に光が見える。


「一応逃げ切れた……のかな?」


 よぞらは落ちてきた穴を見上げて呟いた。


 レインが落としたガレキがちょうど蓋になっている。


「しかし、アイツらは魔法でどかすことができるぞ」


「うん。ゆっくりしている暇はない。けど……」


「けど?」


 僕が聞き返すと、ショウが「あんたはなぜ無事なのデス?」と訊ねた。


「それ、あたしも聞きたかった」


「ああ、そういうことか。僕のポケットを探ってみてくれ」


「ポケット?」


 よぞらが僕のポケットをまさぐった。僕はガレキを支えた態勢で固まっていたので、台座を失った飛行機の模型のように傾いたままジッと耐えた。ズボンがつっぱっていたので取り出しづらかっただろう。「これは……?」とようやく取り出したのは白い液体の入った小瓶であった。


 ヘレナさんが持っていた例の小瓶である。


「いつの間にこんなモノを……」


「僕も知らない。いつの間にかポケットに入っていたのだ」


「これって、馬車が落ちた時のヤツだよね。ヘレナさんは味方なの?」


「それも分からない」


「分からないことだらけね」


「仕方がないだろう。考察の材料が無いのだから」


「確かに。何も分からないわね」と言い、僕のかたわらによぞらが座った。「ところでいつ回復するの?」


「効力があるのは匂いを嗅いでいるあいだだけらしい。もう切れ始めているよ」


「あ、そう」


 麻酔が切れるときのようなジンワリした違和感が全身を包み込んだ。もうしばらくすれば動けるようになるだろう。


 よぞらは僕の頭を膝の上にのせると猫のように撫でた。


「変な態勢。玩具みたいね」


 そう言って愛おしそうに撫でるのだからたいへん弱った。


「どうやったら大人しくなるのかしら」


「子供みたいに言うな。子供だけど」


「本当。あたしが付いてないと何するか分からないんだから」


 こうしたやり取りは痺れが取れるまで続いた。


 よぞらは転がっていたガレキを拾い上げると「ココに現代に帰るゲートを開いたから、危険だと感じたらすぐに逃げ込むように」と念を押すように何度も言った。


「分かった」


「了解です」


 僕とショウが頷くのを見て、よぞらも頷いた。


「じゃあ、行こっか」


 僕たちは光の先へと向かった。

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