第46話


 ゲートを二度経由してロンダールの村へと向かう。ショウはこれがお気に入りらしく、村に着いてもきゃっきゃとはしゃいでいた。


「トテも楽しいですね! もっと遊びたいです!」


「じゃあ僕の分もいっぱい楽しんでくれ……」


「気分が悪いですか?」


「コイツはゲートが苦手なのよ」


 よぞらが背中をさすってくれた。


「もうちょっと慣れて欲しいものだけどね……」


 倉科達はまだ到着していなかった。


 国王から派遣された調査員であることを告げると村人はすぐさま村長の所へ案内してくれた。どうやら僕たちの事を覚えていたらしく、「現人神あらひとがみ様が来てくださったぞー!」と村中に出迎えられて、僕はたいへん恥ずかしい思いをした。


「おお、おお、またしても来てくださったのですね。あなた達はやはりこの村の守り神だ。国王様に奇跡を認めてくださるよう申請して、この地に神殿を建て、未来永劫崇拝いたします」


 禿頭白髭の村長(たしかベルマンと言っただろうか)が言った。


 この村の人たちは信心深いのかミーハーなのかいまいち分からない。しかし心根が優しい事は間違いないだろう。「王様から水害が発生したと聞きました。水、止めておくべきでしたね、ごめんなさい」とよぞらが謝ると、ベルマンは顔をしわくちゃにして言った。


「いえいえ、とんでもない。おかげで貯水池を作り用水路を曳くよう王様が手配してくださいました。それに、この辺りは本来巨大な水源があるはずなんです。その調査も始まる事になりまして。いくら感謝しても足りないくらいです」


「それなら良いんですけど……」


 先日の異世界ツアーで二度目に訪れた干ばつの村がロンダールだったのだ。雨ごいの儀式の最中に出くわし、ナイアガラの水をお届けしたあの村である。


 こんなところで異世界ツアーが関係してくるとは思ってもいなかったが、そのおかげで分かったことがある。


 倉科はこの世界に飛ばされた。桃髪の少女は僕たちを連れてくるつもりだった。この事実を考えてみると、桃髪の少女はこの世界の神か悪魔のような存在であることが分かる。僕たちがこの世界に来た事で少女に存在が知られ、この世界に来たことで問題が発生した。してみれば少女は問題を解決させたかったのだろう。お前たちのせいだから責任をとれという事だろうか。当然と言えば当然だが厄介な事になったと思う。


 水害についてベルマンは次のように語った。


「この村にはもともと大きな水源があるはずなのです。というのも、ときおり村の中央が異常に湿っていることがあるのです。これは近くを水が通っている証拠だろうと常々思っていたのですが、先日の落盤事故でその正体が判明しました。湿り気の正体は蒸気だったのです。濃霧と見紛うほどの蒸気が落盤現場を満たしていたのです」


「という事は、この村の下は空洞になっていて、事故がきっかけでそれが判明したという事ですか?」


 僕が訊ねるとベルマンが頷いた。村の地下に壊れた遺跡があり、そこではショゴスという神が祀られている。遺跡がある空間は蒸気で満たされていた。


 僕は祀られている神について思い当たる節があった。「という事は、その蒸気は……」


「温泉ですよ!」


「はい?」


「この村の下には温泉が湧いているのです! 間違いありません!」


 ベルマンがとつぜん声を張り上げた。「あなた方は温泉の場所を教えてくださった! こんなにありがたい事が他にありましょうか!」


「えーっと、それは違うと……」


「みなのもの、これから現人神様が温泉を掘り当ててくださるぞ! 宴の準備をせい!」


 僕は慌てて訂正しようとしたがよぞらが「任せてください」と言ったために一座は大盛り上がりであった。


 どうせ草津や下呂温泉などから湯を曳いてくるつもりだろう。よぞらのミーハーなお人好しぶりには困ったものだ。


「なんてことを言ったんだ。僕は責任を取らないぞ」と耳打ちした。


「大丈夫。これからあたしたちだけで調査できるように頼むつもりだから」


「というと?」


「あの人たちは調査に乗じてあたしたちを殺すか誘拐しようとしてるでしょ。だから村の人たちに止めてもらうの。その隙にショウちゃんの記憶を取り戻すきっかけを掴んで現代に帰る。どう、良い考えでしょ?」


 よぞらは自慢するように笑った。


「あたしだっていろいろ考えてるんだから」


「それは分かってる。しかし、ときどき感情を優先するきらいがある」


「それはあんたがどうにかしてよね」


 調査をすぐに始めたいと伝えると村人たちは喜んで落盤現場に案内してくれた。交渉は成功し、他の誰も遺跡には通さないと約束してくれた。これで僕たちの安全は約束されたわけだが、しかし気を抜いてはいけない。


「遺跡の神様は、おそらくヤバいヤツだ」


「何かいるってこと?」


「うん、確証は無いけれど」


「ふぅん、それはあんたの知識がそう言ってるの?」


「そうだ」


 よぞらは穴の底に続くゲートを開くと確信めいた瞳で僕を見た。「そういうときってだいたい当たるのよね、あんたの場合……」


「悲しい事にね」


「何があっても、あたしはあんたを守るから」


「僕だって君を守るさ」


 ゲートは細長い形状をしていた。


 これからまた移動することになるのかと覚悟を決めると、しかしよぞらはゲートに腰を下ろし「きゃっほう!」と滑り出したではないか。滑り台の要領で移動しようという事らしい。「よぞらが空中を滑ってます!」とショウは慌てたが、僕はその柔らかい餅腹を拾い上げてよぞらの後に続いた。


「理解フノウ理解フノウ理解フノウ! いゃーーーーーー!」


 ショウの悲鳴を初めて聞いたが、やはりコイツが一番人間臭いのではないかと思う。

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