第45話


 強くぶつかるような衝撃を二度受けて落下は止まった。


 地面に叩きつけられた衝撃で馬車は半壊し車外へと放り出される。相当な高さから落ちたと見えて、崖を見上げても道が判別できない。


 落ちた先は広大な森であった。僕はなんとか頭を動かして辺りを見回した。大地は枯れて地面がむき出しになっており、木々は痩せ、動物の影も見えなかった。長らく雨が降っていないのだろう。落下の衝撃で折れた枝があたりに散らばっていた。


「似たような場所を見たことがあるな……」


 と、そこまで見渡したとき、ふと体の自由が戻っていることに気が付いた。痛みも無い。まるで麻酔が解けていくみたいにじんわりと体を動かせるようになっていくではないか。


「これはいったい……」


 どうやらよぞらとショウも痺れがとれてきたらしい。「いてて……何が起こったの?」と目をコスりながら辺りを見回していた。


「これが調香師の力よ。驚かせてごめんね」


「ヘレナさん?」


「怖かったでしょう? でも、あなたたちを守るにはこうするしかなかったのよ」


 ヘレナさんは僕たちを助け起こすと「ロンダールの村へ行きなさい」と言った。


「なぜ僕たちを助けてくれるんですか」


「詳しい話はあと。あの男が目覚める前に早く行きなさい!」


 半壊した馬車の中からバンダナの男が現れた。僕たちはヘレナさんに守られていたらしいが、落下のダメージをもろにくらって生きている男は何者なのだろう。


「このデズモンド様をだまくらかすたぁいい度胸じゃねえか。ええ、ヘレナよ?」


「騙すだなんて人聞きの悪い。あなたが勝手に巻き込まれたんでしょう? 私は協力するなんて一言も言ってないわ」


「うるせえ!」


 男は血痰を吐き出すと化け物のような目つきで睨みつけた。「てめぇのような引きこもりが俺様に勝てると思ってんのか!」


 ヘレナさんは軽いため息を吐くと僕たちを振り返った。


「この通り私は大丈夫よ」


 この通りとはデズモンド様(自称)をあざけって言ったのだろう。なんて余裕だ。ステキなお姉さんともなれば乱暴な男すら簡単にあしらえるらしい。


「他の三人が村に着く前に早く行きなさい」


 よぞらは怪訝そうに言った。


「行けと言われたって、あたしたちは村の場所を知らないわ」


「たしかに。知らない場所には行けないな」


 僕は同意したが、しかし、対抗手段を持たない人間がいたって邪魔なだけだろう。


「僕はこの場を離れる事を優先した方が良いと思う。僕たちにできることは逃げる事だけだ」


「いいや、あなたたちは知っている」


「へっ?」


 僕たちは驚いたが、ヘレナさんは念を押すように「あなたたちは知っている。なぜなら一度救っているから」と言って頷くだけだった。


「一度救っている……?」


 よぞらは不思議そうに首をひねったが、僕にはピンときた。数日前に水害が起こった干ばつの村と言えばあそこしかない。すぐに伝えるとよぞらもピンと来たらしい。「なるほど」と呟いてヘレナさんを睨んだ。


「なんであんたが知っているのか分からないけれど、信用していいのよね」


 よぞらの言葉にヘレナさんは答えなかった。デズモンドに向かって一歩踏み出し「待たせたわね」と好戦的な笑みを浮かべた。


「話は済んだか?」


「ええ。おかげ様で」


 激しい闘いが始まった。デズモンドはくうをかっさらうようにのこぎり刃の大剣を振り回し、ヘレナさんは海を泳ぐイルカのように優雅に飛んだ。それは弁慶と牛若丸の決闘を彷彿とさせる闘いであった。


 ヘレナさんはもはやこちらに興味をなくしたように見える。しかし答えないという事は間違っていないという返事の代わりであろう。


 僕はよぞらとショウの手を取ると「行こう」と促した。


「行こう。間違っていたら別の世界に逃げれば良いし」


「まっ、それはそうね」


「……………………」


「ショウちゃん?」


 ショウは不安そうに俯いていた。よぞらが手を引いても動こうとせず「プログラムSY‐G……ショゴス……ワタシは……」と脳内データベースを検索するコンピューターのようにぷつぷつと呟いている。さっきからずっと静かだったのはヘレナさんの話を吟味していたかららしい。


「ネガティブ……行きたくアリません」


「ショウちゃん……どうしたの?」


「ネガティブ。行きたくアリません」


 ショウは自分の記憶に関係するものが遺跡にあると思っているらしい。そしてそれが悪いものであると信じ込んでいるようだ。しかし僕はいっそ見てみたいと思っていた。前評判でさんざん「コイツはものすごい力を持っている」だの「世界を作った」だのと言われてきたのだ。


 真実を目の前にして足がすくむほど臆病者ではない。


 そして真実がどれほど恐ろしい悪だったとしても、友人の過去を否定して選んだ善に価値があるとは思わないのだ。


「たとえお前が極悪非道の邪神だったとしても、僕はトモダチでいるだろうさ」


「―――――ゆう?」


「僕たちはトモダチだ。そうだろ?」


「……………………」


 ショウはジッとみつめた。真贋を見定めるような目だった。


「トモダチは無暗むやみに信じるもんだぜ」


 安心させるために微笑むと、ショウとよぞらはそろって顔をしかめた。


「ダウト。あんたが友達という言葉を知っている確率は0パーセントです」


「あんた、友達とか言うキャラだっけ?」


「じゃあ辞めてやるよ!」


 僕は二人の手を振り払って置いていった。背後から当てつけのようなため息が聞こえるが知ったこっちゃない。


「なんなのアイツ……」


「呆れた嘘つきデス」


「本当ね」


 そんな会話が交わされる。僕の事をなんだと思っているのだろうか。友達甲斐の無い奴らだ。


 ズンズン歩く僕を無視してよぞらがショウの手を取った。


「でもね、あたしもアイツと一緒。ショウちゃんがどんな過去を持ってようと友達でいるよ」


「よぞら……」


「それに、あなたが悪い人だとは思えない。心配しなくても大丈夫だよ!」


「――――ッ、はい!」


 こうして僕たちはロンダールの村へと向かった。


 一つ不満があるとしたら、誰も僕を引き留めようとしなかったことくらいだろうか。


 こういう友情の形もあるとはいえ義理くらいは見せても良いのではないかと、僕は思うのだ。

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