第43話
ロンダールへは馬車で向かうらしい。
馬車は中世を代表する移動手段と言っても良い。産業革命が起こり蒸気機関が発達したのちも長く愛用されており、自動車が実用化される十九世紀後期まで陸上交通機関の主役を務めたそうだ。個人の馬車を有することが富裕層のステータスだった時代もあるくらいである。この世界の歴史がどのように成り立っているのか僕は知らない。しかし、大筋では僕らの世界と変わらないのだろうと考える。
「すごいね、小さなお城を引っ張ってるみたい」
とよぞらは関心していたが、馬車の先頭に回ったとたんにしかめっ面をした。「引いてるのが馬でさえあれば」
「あれ、馬ってこういうものじゃないの?」
怜悧な顔つきの女性(ヘレナさんというらしい)が首をかしげた。
全身がアオダイショウのような緑がかった
「魔力反応はありません。これは正常な動物デス」とショウが言うが、とても信じられなかった。
馬車は三乗用意されていた。外観はホールケーキの外箱のようにこじんまりしているのに中は広い。一乗あたり四人が乗れるつくりになっており、しかも上流階級仕様の紅い革張りシートである。異世界の貴族階級は太っているのが世の常であるから、一人あたりの席幅が広くとられておりたいへん快適だ。
うちわけは倉科一味、四人の冒険者たち、そして僕たちの三組である。僕たちは車に忍び込んだ小学生のごとく広々と座った。僕は足を投げ出して座り、ショウは正座をして興味深そうに内装を見回した。よぞらだけはお行儀よく座っており「はしたない」と僕を見た。ところが出発する直前になってヘレナさんが僕たちの馬車に乗り込んできて「あら、しつれい」と笑った。気まずい思いをした。
「アストルのお仲間が急に来てね。私があぶれちゃったってわけ」
「はあ、そうですか」
「隣に座ってもいいかしら?」
「どうぞ」
ヘレナさんは「失礼します」と言い、装備の端を手で押さえつけて流麗に座る。ふいにスズランのように涼やかな香りが鼻をついた。チャイナドレスに酷似した装備であるため職業は分からない。しかし流れるような所作は華道家のごとき美しさを感じたし細く引き締まった体は武闘家のようでもあった。
「ヘレナさんも冒険者なんですか?」
何となく気になったので訊ねると、「あら、私の事が気になるの?」と妖艶な笑みを浮かべてよぞらの方を見た。「嬉しいけど、でも、彼女さんがご立腹よ」
「えっ?」
見れば、よぞらが鬼嫁のような形相で僕を睨んでいた。
僕はヘレナさんの職業が気になるばっかりに体を凝視していたかもしれない。これはたいへんハラスメントな行為なので怒られても仕方がないだろう。僕は謝った。気になる事があったらそればかりを気にしてしまうのは僕の悪い癖だ。
☆ ☆ ☆
ほどなくして馬車が出発した。常にガタタンガタタンと小刻みに揺れているし小石を踏むとバネみたく跳ねるので乗り心地は悪い。しかし楽しい。僕はときおり車窓に目をやって、異世界的な発見をするたびに「おい見ろよ」とよぞらを振り返った。
「もう少し静かにできないの? あんた子供みたいよ」
「しかし楽しいのだから仕方がない。見ろよあの木、あんな水晶みたいな広葉樹が他にあるか?」
道中ヘレナさんは『聖なるスライムの伝説』について話してくれた。これから行くロンダールという村の地下に聖なるスライムを祀った遺跡があるらしい。
「これから僕たちが調べに行く遺跡ですね」
僕が言うとヘレナさんは「よくできました」と言うように微笑んだ。
「この遺跡はね、伝説に登場するだけで実在するかどうか誰も知らなかったの。
「その聖なるスライムって何なんですか?」とよぞらが訊ねた。
「この世界を作ったと言われているわね。一番初めの生命とも」
「一番初めの……」
「うん。なんでも体細胞から勝手に生物が生み出されるみたいで、いまも無責任に世界を作り続けているらしいわ」
僕はメモの内容を思い起こした。『始原にして終末の生命』とメモにあった。もしかしたらショウの記憶と関係があるのではないだろうか。ちらとショウの顔を見ると聞きたくないような顔をしていた。昨日あんな話をしたばかりだから、聞かせてやりたくないと僕は思った。
「ま、それだけなら誰もあがめたりはしないわよ。あれが聖なるスライムって呼ばれている理由は他にあるの」
「ほかに?」
「ショゴスって呼ばれてる神様なんだけどね、ショゴスはすんごい力を持ってて、魔物の大群をたった一匹で蹴散らしちゃったのよ」
「守護神ってこと?」
「そう。大魔導士って呼ばれてる男が操ってたらしいんだけどね」
ヘレナさんが頷いた。と、同時に馬車の外からモノスゴイ悲鳴が響き渡り僕たちの耳をつんざいた。
「そんな神様を祀ってる遺跡が壊れたらどうなると思う? 祀っていたショゴスが世に放たれたら誰が制御するの? とうぜん一国の王としては、排除したいわよねぇ」
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