第42話
翌朝、僕は違和感に気づいて目を覚ました。いつもの枕で寝てない事が違和感の正体だった。僕は枕が変わると寝られない
どうやら早くに目が覚めてしまったらしい。
異世界の朝は静かで温かかった。窓から差し込む陽光がベールのように部屋中を照らしている。調度品の装飾が金や銀に輝いて星みたいな光を放った。
うっすら目を開けると、死んでいるとしか思われない無垢な顔で眠りこけるよぞらの顔があって、僕はたいへんビックリした。梅の花のように口をすぼめて「すうすう」と寝息を立てるから生きていると分かるけど、それ以外は海外製のお人形のように完璧である。つい先週染め直したという金色の髪の毛が陽光をキラキラ反射している。本物の金に勝るとも劣らない輝きである。陽光のベールに包まれて美しく輝く彼女を見ていると、ふと、どこか遠くへ行ってしまうような気がして僕は恐ろしくなった。
僕は決して物事を感傷的に捉えたりはしない。今日がいかに重要な日であろうとも寝顔に現れる事は無いと思う。織田信長だって桶狭間の戦いの前日は幼児のような寝顔を見せたことだろう。僕が連想するのは結婚や死といった送り出す側の気持ちであった。なぜかは分からないが、よぞらの寝顔を見るたびに僕は悲しい気持ちになるのだった。
ふと腰部がやけに重いように感じて布団をめくると、ショウが尺取虫のように覆いかぶさっていた。鼻腔から息が上手く排出できていないのか見事な鼻風船を作っている。僕は物事を感傷的に捉えたりはしないが、この有り様にはいささか気勢が削がれた。
「お前、僕よりも人間臭いぞ……」とため息まじりに言い布団を戻すと、よぞらが目を覚ました。
「おはよう」
「おはよう」
彼女は「いよいよだね」と言い、布団の中で猫のように伸びをした。
「そうだね。しかし手はずが定まっていない」
「いざとなったらゴリ押しするしかないよ。巫さんがどうにかしてくれると思う」
「あまりアイツを頼りたくはないなぁ。何をしでかすか分からないから」
「たしかにね」
よぞらは笑って「がんばろう」とだけ言った。
その言葉の内にすべてが含まれているように思ったので僕も「がんばろう」とだけ答えた。
☆ ☆ ☆
やがて朝食が運ばれてきた。
王は徹底して軟禁するつもりらしい。そばに武器を携行したメイドが控えており給仕のいっさいを彼女が行った。
僕たちは気まずい思いをしながら朝食を食べたが、しかし美味かった。世界が変われど食の嗜好と適正は変わらないらしい。半熟のスクランブルエッグとカリカリのトースト、そしてパリパリに張ったウィンナーを一緒くたに頬張るおいしさを味わえるのは嬉しい事だ。監視が無ければガツガツと食べたいところだった。ミルクをゴクゴク飲み込みサラダをグシャグシャかみ砕く快感といえば、それだけで生きていることを実感できるほど心地よい。
朝食を終えて部屋で待機していると、円卓に来いとのお達しがあった。
先導するメイドに付き従いしばらく歩くと、教室三つ分はあろうかと思われるほど広い部屋に着いた。
「ここが円卓の間です」
メイドはそれだけ言うとドアの脇に立って遠くを見た。ここからはお前たちだけで行けという事らしい。
円卓には倉科一味と四人の冒険者らしき男女がいた。聡明そうなメガネの男、バンダナを巻いた上裸の男、怜悧な顔をした女性、三つ編みの物静かな少女、この八人はそれぞれ孤立するように円卓に座しており、ドアが開くといっせいに僕たちを見た。
「うわぁ、見るからにデコイが来たって言われてる感じ……」と言い、よぞらはため息を吐いた。
壁際にズラリと並んだ甲冑に見られているように感じながらも中央の丸テーブルに向かって歩いていると、倉科が手招きしていたので後ろに立った。
「や、よく眠れたかい?」
倉科が振り返って訊ねた。
「最高だ。枕が変わってまったく眠れなかったよ」
「いつもどおりの駒谷くんで安心したよ」
僕の皮肉を理解しているのかとぼけているだけなのか分からないが、彼はときどきこうして屈託のない笑顔を見せる。
「それより聞いてよ、今日、いよいよ僕たちの初任務がね―――――」
と言いかけたところで再びドアが開き冒険者たちがいっせいに姿勢を正した。
何事かと思って振り返ると、入り口にアゴヒゲの豊かな人物が立っていた。赤い布地に金の縁取りがされたマントを従者に渡すと、その人物はのしのしと歩いてきて当然のように上座に座った。「あれが王様だよ」とコッソリ倉科が教えてくれた。
王は僕たちを見据えると厳かな声で言った。
「異世界の客人よ、よくぞ来てくれた。環境が変わって昨夜はなかなか寝付けなかったのではないかね?」
僕たちは互いに顔を見合わせた。まさか異世界に来て日本風の忖度を要求されるとは思ってなかったので僕は驚いた。偉くなると人は忖度を求めるのだろか? 世襲制のもじゃもじゃのくせに。
僕は「とんでもない」と言い首を振った。「たいへん寝心地の良いベッドでした。僕たちの世界でも高位の宮廷人しか使えないくらい高級なもので、すぐに寝てしまったのがもったいなく感じています」
「そうかそうか。気に入ってくれて何よりだよ」
「また機会があれば泊まらせてただきたいと存じます」
「うむ、好きに使いなさい」
王はアゴヒゲを撫でながら顔をしわくちゃにした。あのヒゲを引っこ抜いてやりたいと思った。
「さて、本日みなに集まってもらったのは他でもない。昨日のロンダール落盤事故の件であるが、先遣隊の報告によると事故があったのは村の中央部。高台のある広場付近だそうだ。先日発生した謎の洪水が原因と思われる。被害者はいないが、一部畑が被害にあったという事だ」
「我々は何をすれば良いのでしょう?」
メガネの男が挙手をして発言した。
王は彼を見据えると「貴君らには災害の復旧にあたってもらいたい」と言った。
「ちょうど私たちの仲間に物体浮遊の魔術が使える者がおります。土塊の掃除は彼に任せるとして、しかし、大地を復旧させるのはいささか無理がございます」
「ならば新たに畑を耕し広場を新設せよ。村の者の生活が損なわれることが無いように最大限配慮するのだ」
王はそう言うとほかの三人をぐるりと見まわした。
「その他の者は水害の発生源を調べてもらいたい。あの辺りは干ばつが続き水源が枯れていると聞く。突如として発生した洪水の原因を突き止めると共に同じことが起こらぬよう対策を講じるのだ」
「ハッ!」
四人の冒険者たちは低頭して答えた。
「クラシナたちは、コマタニと共に遺跡の調査をしてくれ。壊れた原因を探り、持ち帰られるものがあれば持ち帰ってくれ」
「は、はい!」
「危険な仕事だが頼めるね?」
王が訊ねると倉科は顔を強張らせて答えた。「だ、大丈夫です! 駒谷くんがいれば、たぶん……」
僕は「人任せか」と言いかけたが、しかし、桃髪の少女のときはよぞらたちに頼りっきりだったので言う権利が無い。代わりに「遺跡とは何ですか?」と訊ねると王は「道中で彼らから聞くと良い」と四人に視線をやった。
こうして会議が終わり、ロンダールの村へと向かう準備が整った。
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