第41話


 さて、その夜は城に泊まる事になった。


 現代に戻ったよぞらはやはり巫に絡まれていた。倉科の事を相談すると、


「そんなものは私がどうとでもできる。お前たちはただ連れて帰ってくるだけで良い」と一蹴されたそうだ。


「そこに乗っているだけの千二百グラムの蛋白質たんぱくしつの塊に何が理解できるというのか? 私にとっては人間の認知を歪ませることなど造作もない事。せいぜいあがいてくるが良い。卑小な人間ども―――――ですって。なによアイツ!」


 よぞらはカンカンに怒ったが、家族や友人の事を気にしなくて良いのは正直楽だ。死地に赴いたつもりでいれば良いのである。残された人の事を心配しなくても良いのだ。逆に言うなら成功するまで帰ってくるなという事だろうが、それならそれで諦めが付くというもの。


「まあまあ、余計なことは気にするなという巫の気遣いだよ」


 僕がなだめるとよぞらは「はあ!? あんた、あんな奴の肩を持つの!?」と言い、天井を仰いだ。「それにしてもあっついわね!」


 異世界といえども夏は暑い。クーラーや扇風機のような冷房機器は発明されていないらしく、王城は夕暮れの四畳半のごとき蒸し暑さであった。窓を開けても入ってくるのは生ぬるい風と羽虫のみ。よぞらはこっそりと扇風機を持ち込んだのだが電気が通っていないらしく、今は部屋の隅で瀬戸物のごとく沈黙している。


 客室に閉じ込められてはや数時間。よぞらはぶうぶうと不満を漏らし続けた。


「せめてハンディファンとか持ってこれないかしら? 灯りが点いてるのに電気が通ってないとか絶対ウソよ!」


「そう叫ぶな。心頭滅却すれば異世界もハワイのごとしだよ」


「ハワイだってもっと涼しいわい!」


「それはそう。だが、叫ぶと余計なカロリーを使うぞ」


「むぅ……」


 よぞらはしぶしぶテーブルに頬を押し付けた。


 貴金属で作られたテーブルは暑気を吸ってすぐに熱くなった。「暑い暑い暑い」と冷気を求めるゾンビのように這いつくばる彼女をしり目に僕はため息を吐いた。


「いまはショウが集中してるんだから、静かにしろって」


「分かってるけどぉ……」


 ショウはベッドの中央に寝転がり規則正しい呼吸をしていた。眠っているわけではない。いま現在円卓で行われている緊急会議を盗み聞きしているのである。


「あれで本当に聞けるのかしら。眠っているようにしか見えないけれど」


「テレパシーが使えるのだから盗み聞きだってできるだろう。原理としては一緒らしいから」


「ふぅん」


 王都へ連れていかれている間に倉科にこっそりとショウの半身を潜ませておいた。小豆よりも小さいショウを服の間に仕込んでおくことで、異世界人が僕たちをどうするつもりか探ろうと思ったのだ。


 冒険者一味が倉科の事を信頼しているとは思えなかった。異世界モノでは無条件に好かれるチート系主人公であるが、ノンフィクションの世界では異端者は爪はじきに遭うのが世の常である。よぞらがそうであったように、倉科もまた快く思われていないのではないか。僕はそう考えたのだ。


「王様のように豊かなアゴヒゲを蓄えた人物が寛大なワケがない。倉科や僕たちを迎え入れた裏には必ず腹黒い思惑があると思う」


 やがて眼を開けたショウは「ワカリました」とおもむろに起き上がった。


「何が分かったの?」と言い、よぞらはショウを抱きしめた。「辛い事とか聞いたんじゃないの? ごめんね」


「デンジャー。この世界の人々を信じるべきではありまセン」


「ということはやはり目的があったんだな」


「イエス」


 僕が訊ねるとショウはコクリと頷いた。「彼らは倉科さんを殺すことに決めました。決行は明日。場所はロンダールという村デス」


「やはりか」


「倉科くん殺されちゃうの? なんで?」


「そりゃ、身なりも常識も異なるヤツがいきなり現れたら誰だって警戒するさ。しかもソイツは桁外れの力を持ってるんだぜ。王様としては自国の民が一番大切だろうし受け入れられるワケがないよ」


「……………………」


 よぞらは責めるような目で僕を見た。倉科が心配だから責めているというよりも、自分の事を言われたと感じたのだろう。「お前じゃないよ」と言うと幾分か機嫌を和らげて「あ、そ」とだけ言った。


「ロンダールの村がどこにあるのか分からないが、今日中に倉科を連れ帰る必要がでてきたな」


「そうね。いつまでもこんなとこに居たくないし、サッサと連れて帰りましょう」


「うん。どうにか倉科だけを呼び出せれば簡単に連れて帰れるのだけど……」


 と考えを巡らせたとき、はたと気が付いた。「まてよ。なぜ僕たちは軟禁されている?」


 考えてみればおかしな話である。倉科が邪魔ならば初めから国に迎え入れなければ良いだけの話だ。ドラゴンを退治した褒美を与えるために一時的に迎え入れたというのならば分かる。しかし仲間を与え、装備を与えるのはいささか不自然なのではないだろうか。冒険の最中に不慮の事故に遭ったと偽装するために与えたのであれば頷けなくも無いが、それなら僕たちは不要のはず。


「まさか、僕たちをダシに使おうってんじゃないだろうな……」


 僕が言うとよぞらも気づいたらしく「まさかそんな」と顔をひきつらせた。


「考えてもみろ。僕たちが有する戦力と言えばお前の超能力とショウの変身能力のみだ。戦闘力なんぞみじんもない。この事がバレたならば、僕たちなんて簡単に誘拐されるだろう。やはり彼らは侮るべきではない。助けにきた倉科もろとも排除する魂胆なのだ」


「でもどうやって倉科くんを連れ出すのよ。さすがにクラスの子が死ぬなんてイヤよ。助けないと」


「そこが問題なのだ」


 僕たちはそろって頭をひねった。


「クエスチョン。倉科さんをゲートに押し込めば良いのではナイですか?」と言い、ショウは押し出すジェスチャーをした。「こう……えい、やあ、とおっ、で」


「それができれば世話ないよ。僕たちはいま監視されている。部屋の前にはメイドがいる。この部屋から出れば必ずついてくるだろうし倉科を呼び出せば理由を聞かれるだろう。そして、彼だけを連れてくるのは不可能だ。必ず仲間たちが付いてくるだろう」


「彼らも監視役ってワケだもんね。しかもあの魔法使い、結構やり手っぽかったし」


 よぞらはショウを拘束した時の事を思い返しているのだろう。「あの速さで反応されたら、たとえ目の前でゲートを開いたとしても逃げ延びるのは無理そう……」


「デハ、あらかじめ開いておくのはイカガでしょう?」とショウが言った。


「それもダメね。小物を使ったとしても会おうとした時点で警戒されるし、閉じる前のゲートに入られたら今度はこっちの世界に人が来ちゃう。それが一番怖いわ」


 僕は頷いた。「富士山の二の舞は勘弁だな」


 もし倉科を無理やり連れ帰ったとしてもこの世界の人間が付いてきたら危険だ。その人間が冒険者の誰かだったら? 僕とよぞらの脳裏をよぎるのは富士山が真っ二つになったときの混乱と気まずさであった。「あんなことは二度と経験したくない」という意見で僕たちは一致していた。


 僕たちはひとしきり議論したが、さしたる解決策も浮かばないまま夕食の時間になり風呂に案内された。


 言うまでも無い事だが僕たちだけで逃げる事は出来ない。巫が許さないだろう。


 僕たちはどうにか倉科を連れ帰らなければならないが、いったいどうしたら良いのだ?


 就寝の時間になると部屋の灯りが自動的に消えた。電気のスイッチが無いところを見るに魔術的な仕掛けが施してあるのだろう。


 僕たちはダブルベッドに三人で潜り込み、ショウを間に挟んで抱き合って寝た。


 超能力者と正体不明の粘体生物と凡人の異様な組み合わせであったが、運命共同体であるという仲間意識が芽生えていた。


 ショウとよぞらの寝息が聞こえてくると、僕もようやく安心して眠りについた。

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