第39話


 考えてみればショウと二人きりになるのはこれで二回目である。テレパシーだなんだと話す機会は多かったが、よくよく思い返すと僕たちは仲が良いわけではない。よぞらは仲を深めようと努めていたようだが、僕にとっては遠縁の姪っ子のごとく理解しがたい生物である。


 唐突に訪れた空隙くうげきの時間に僕はたいへん困惑した。正月の親戚の集まりで突然子供を押し付けられた時のように手ごたえのない時間であった。何か話した方が良いのだろうけれど、かといって話したい話題も無い。


「体調はどうだ? この世界には魔力が豊富なようだが」


 悩んだ挙句口にしたのは例のメモの事だった。


 ショウは、どうしたの? と言いたげに僕を見上げた。「イエス。依然問題はありません」


「そうか。なら良いんだ」


 そして沈黙する。


 苦心して捻りだした話題をあっさり返されてしまうと困る。叔父さんが子供と会話できない理由が分かった気がした。


 しばらく気まずい時間を過ごしていると、今度はショウの方から話しかけてきた。「私は生命維持に魔力を要さない個体のようです。魔力の有無は体調には影響しまセン。ゴージャーは私が魔力に触れるコトを恐れていたようですガ、あんたも何か知っているのですか?」


「ん? いや、何も知らんが。………そうか、記憶が無いんだもんな」


「イエス。私は、私に関わる事ならどんなことでも知りたいと願います。デスが、同時に、知る事が怖いと思う時があります」


「怖い?」


 僕が聞き返すとショウは、熱心にアサガオを観察する小学生のような眼で僕を見上げた。


「私は、あんたやよぞらとは種族が異なるという事を理解できます。倉科さんやその他の人間とも。もし、私の記憶が戻ったトキ、私はあんたの世界に拒絶されないデショウか」


 彼女の中で複雑な感情が芽生えているように見えた。記憶を取り戻して自分が化け物であると知るのが怖い。でも自分が何者であるか知りたい。怖いからこそ知りたい。知って安心したい。そして記憶が戻った後も変わらず化け物である自分を受け入れてほしい。自分も一緒に暮らしたい。彼女の懇願し観察するような瞳からはこういった感情が見て取れる。


 あるいは記憶を取り戻すことよりも、今の生活が続くかどうかを心配しているように見えた。


「私はずっと、ある感情を抱いていまシタ。それは暖かくて元気になって、でも、それについて考えるとトタンに不安になります。よぞらはこの感情を愛情と呼びました。私は、愛情についてモット知りたいです」


「……お前が目覚めてからまだ三日も経っていないんだ。受け入れるも何も無いさ」


 僕はそっぽを向いて答えた。


「それは、拒絶するという事デスか……?」


「違うよ。拒絶するも何も、お前は愛情の何たるかを微塵みじんも理解していない。愛情っていうのは色んな思い出を作ってたくさんの特別を作って、それ以上に当たり前の日々を愛おしいと思う気持ちを愛情と呼ぶのだ。愛情を語るにはまだまだ思い出が足りないな」


「…………?」


 ショウは不安そうに首をかしげた。


 僕は少し迷ったが、彼女の頭に手を置いて「これからもたくさんの思い出を作ろうぜ」と言った。


 メモの事や巫の事が頭をよぎったが、僕は言わぬことにした。いつかはバレる事だしバレる前に言った方が良い事も分かる。しかし今では無いだろう。ショウの気持ちを踏みにじるような事実や思惑をあえて伝えて悲しませるのは、僕の本意では無かった。


「お前が何者でどんな記憶を持っているのか知らないけどさ、僕はお前の事が好きだよ」


「よぞらが言ってまシタ。あんたは嘘を吐くのが上手だって」


 ところがショウはこう言ってほほ笑んだ。


「私にはあんたの記憶は読み取れません。デスが何かを隠したこと、何かを不安に思ったことは伝わります。そこから察するに、私の正体はあんたにとって受け入れがたいものなのでしょう。それなのに受け入れる気持ちも感じマス。あんたは噓ツキです。愛情たっぷりの嘘ツキです!」


「……感受性が高いというのも困ったものだ」


「アタリですか? あんたは愛情を抱いていマスか?」


 テレパシーで思考を読み取ったうえで捏造までされてはお手上げである。


 僕は受け入れるつもりも拒絶するつもりも無かった。記憶を取り戻した後の事はよぞらと相談すれば良いと思っているし、十中八九逃がすことになるだろうと予想している。それまでの間は楽しく過ごしても良いだろうと思っただけだ。


 僕は当てつけに「逃がす逃がす」と念じてやったがショウは面白がって「それも愛情デスね!」とけたけた笑った。


「ええいこの粘性生物め! お前なんぞこうだ!」


「みゃあ! 何するんデスか!」


 ショウを布団でぐるぐる巻きにしているとふいに視線を感じた。


「……………………」


 気づけばゲートが開いておりよぞらが帰ってきている。


「なにしてんの?」


 その瞳はシベリアの大地を思わせるほど冷たい色をしていた。

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