第36話


 現地人はすぐに僕たちを取り囲んだ。手に剣や杖を持っており服装は自己紹介をしているかのごとく模範的である。戦士、魔法使い、ヒーラーの三人組である。異世界モノの古典文学とでも称すべき組み合わせに感動すら覚えた。彼らは僕たちを取り囲むと得物で威嚇するように切っ先を向けた。


「こちらを見下すように目つきが悪い少年と金髪の少女と水色の髪の少女の三人組を捕らえました!」


「これが女神様が言っていた侵略者か?」


「ずいぶんと一般人っぽいが……勇者に報せたか?」


「した。もうすぐ来るだろう」


 そう言って戦士らしき男が僕を睨んだ。「これが敵には見えないけどなぁ」


「見えなくても女神直々の命令なんだから聞くしかないでしょ」


「確かに。俺たちは運命の下僕だ」


 僕たちは身を寄せ合って互いを守った。と言っても誰も怯えてはいない。ショウは初めて見る文明に目を輝かせているし、よぞらも同様に「おおー」と感動している。守るというよりは危ないものに近寄らないよう押さえつけていると言った方が正しいだろう。あまりにも楽観的だと言わざるを得ない。


 異世界モノのモブが頼りにならないのは通例であるがこれはすべて作者の都合である。もし冒険者が実在するのなら本当はもっと優秀であるはずだし、行動力があってしかるべきである。僕は異世界モノの小説を読むたびに思うのだ。「彼らは今までどうやって生きてきたのであろう?」と。僕の疑問が正しかった事を証明するかのように彼らはテキパキと連携をとった。


「何のつもりだ」


 僕は言った。


「喋るな。お前たちに発言権は無い」と紫色のローブを着た少女が言った。


「君たちを捕まえろと命令があってね。悪いけど、そのまま大人しくしていてほしい」と剣を構えた男が言う。


「捕まえてどうするつもりだ」と訊ねると、彼らは一様に首を振った。


「そんなことは知らんね。俺たちはただ命令を遂行するのみさ」


 どうやら会話の余地は無いようである。


 さっきまでの平和がウソのように緊張感が張り詰めた。


 僕はどうするべきだろうと考えた。このまま連行されれば逮捕され裁判が開かれ諸々の司法手続きで長期間に渡り拘束される事は明らかである。ともすれば殺されるかもしれない。彼らが桃髪の少女の手先の可能性は多いにあるのだ。


 ここはよぞらの力で一時退却もアリかと考えていると、ショウがテレパシーを飛ばしてきた。「クエスチョン。あんたはなぜ怯えているノですか?」


「この状況見たら分かるだろう。僕たちは武器を向けられているが対抗手段が無い」


「よぞらがオシえてくれました。異世界で本当にコワいのは魔物だと。彼らは人間です。人間は愚かだと言ってました」


「それはフィクションの話な。アイツらがそういうふうに見えるか?」


「ヨク分かりません」


 ショウは僕の手をつつくと「デスが、対抗手段があればヨイのですか?」と見上げてきた。


「何をするつもりだ? 悪い事は言わんからやめておけ」


「武器ならアリます」


 ショウはそう言うとぷるぷる震え始めた。全身に力を込めるように縮こまり「む~~~~」と頬を膨らませ、体中をぽこぽこ泡立たせる。


「ソードに変身しマス。これがあればあんたが戦えるンですよね?」


「いや、使い方なんぞ分からん」


「私がサポートします。あんたは持ってくれれば大丈夫デス」


「無理だって!」


 ショウは僕に戦えと言いたいらしいが、経験を積んだ剣士相手に適うわけがないと思う。せいぜい縁日にチャンバラごっこをしたことがあるくらいで、しかもよぞらのゲートを駆使した忍者戦法に惨敗を喫した僕だ。よぞらが何を仕込んだのか知らないが異世界を舐めすぎだと思う。もっと別の策を考えるべきだ。


「もうスコしで変身が完了します。ゆう、準備を!」


「バインド!」


「――――――えっ?」


 とつぜん地面からつたが生えてショウを縛り上げた。案の定である。


「あたしが見逃すとでも思った? 何をするつもりかしらないけど大人しくしておいて!」


 見れば魔法使いらしき少女の杖が光っている。


 これが魔法であろう。


 変身に集中していた彼女の体は簡単にグルグル巻きにされ、浜に打ち上げられたアザラシのようにポテッと倒れ込んだ。


「ディフィート。失敗しました」


「言わんこっちゃない……」


 ショウの行動は彼らの警戒を強めるだけに終わってしまった。こうなると、よぞらが余計な事をする前に退却するのが最善である。


 彼らは誰かを待っているらしい。戦士、魔法使い、ヒーラーの古典的パーティーが待つ人物と言えば一人しかいないだろう。彼らのリーダー勇者である。


 勇者の到着が遅れているからこそ生かされていたわけで、逆に言うなら勇者が到着したら逃げるチャンスは無くなるのである。


「よぞら、いますぐゲートを開け。ここは一時退却しよう!」


 僕は慌てて言ったが時すでに遅し。


「みんな、お待たせ!」と、遠くの方から声が聞こえた。


 それが勇者の声であることは三人組の様子を見ればすぐに分かった。


「勇者、やっと来たの?」


「これ以上遅かったら一戦まみえるところだったぜ」


「ごめん、準備に手間取っちゃって……」


 彼らは口々に言いながら勇者を迎え入れた。


 勇者は場の空気にそぐわないほど弱々しく、しかも自信なさげな様子だった。仲間たちが軽いジョークを言うたびに「ごめん」と頭を下げては恥ずかしそうに頭を掻く。はたから見ていると軟弱極まりない様子に腹が立った。しかも、彼自身がその醜態を美味そうにすすっているのだから、なお手に負えない。


「お前、人をさんざん心配させといて何やっているんだ!」


 僕はたまらず声をあげた。「お前のせいで怖い目にあったんだぞ!」


「え、駒谷くん!?」


 その勇者とは誰あろう。倉科行人その人であった。

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