第33話


 僕たちは服飾店へ向かった。


 向かった先は『ムニクロ』。子供から大人までをカバーする幅広い品ぞろえとシンプルな意匠が人気の格安ファッションブランドである。


「うわ、広いな……」


 体育館ほどもあるテナントにうず高く積まれた服の山を前にして、僕は早くも帰りたくなった。


「じゃあ、連れてくるからちょっと待ってて」


「え?」


 よぞらはテナントを通り過ぎてトイレへと消えた。しばらく待っていると、戻ってきたよぞらのかたわらに水色柏餅が一人。


「クエスチョン。ここはどこデスか?」


「ここはムニクロだよー。いまからショウちゃんのお洋服を選んであげるね」


「およーふく?」とショウは首をかしげた。「ソレは必要なのデスか?」


 僕は頭を抱えた。


「お前さあ、危機管理能力って言葉知ってるか?」


  連日の長すぎる一日をかえりみると、すべてはショウを中心に回っている気がするのだ。鎧の男や巫や桃髪の少女など、ショウがいなければ関わる事も無かっただろう。襲われた場所がたまたま人気が無かっただけで、今日は違うかもしれない。


「一般人を巻き込めば富士山の比じゃないぞ」


 僕は念を押したが、よぞらは涼しい顔で「知ってるよー」と言った。


「ショウにとってはここが異世界だもの。いろいろな文化に触れさせてあげたいじゃない?」


「……たしかに、何がきっかけで記憶が戻るかは分からないけどさ」


「でしょ?」


 勝ち誇るように笑うとショウの手をとってよぞらは歩き出した。


     ☆ ☆ ☆


 それからいくつかの服飾店を見て回った。まるで絵の具の展覧会のような色彩の数々を見ているだけでオシャレになっていく気がするから不思議だ。


「ふむ、これが今の流行りか……」


「いや、それただの季節物。新作はあっち」


「……………………」


 なった気がするだけであった。


 にわかに昂然と湧き上がったオシャレ欲に突き動かされるまま店内を見て回っていると、ふいによぞらが僕の手を引っ張る。


「離れちゃダメ」


「なぜ」


「あんたが一番危なっかしいからよ」


 よぞらは声をひそめて言った。「たしかに鎧の人の時はあたしが悪いと思うよ。でも、それ以外は全部あんたが遭遇したことでしょ。あんたの対応しだいでは穏便に済んでた可能性もあった」


 たしかに彼女の言う事も一理ある。しかしそれで果たしてショウを守ったと言えるのだろうか? 僕は誇りある日本男児として信念を貫き通したまでだ。それはあたかも無血開城を成し遂げた勝海舟のごとく立派であったと自負するものである。


 しかしそれをくだくだしく説明するのもナンセンスなので「男には退いてはいけない時があるのだ」とまとめた。


「ひねくれてるだけでしょ」


「なんとでも言うがいいさ」


 僕は鼻を鳴らしてうやむやにした。


「まあとにかく、今日はあんたも監視対象だからね。半径二メートル以上離れるのは禁止」


「はあ? なんで僕まで……」


「放っといたらすぐ危ない事するでしょう? いい? 今日はダメだからね」


「納得がいかない」


 僕は一言文句を言ってやろうと思ったが、「ここはどこだろう!」と興味津々に目を輝かせるショウが目に入って、無粋な事に思われた。


 代わりにこう言った。


「それなら君にもリスクを背負ってもらうぞ。もし襲われそうになったらゲートを開いてもらう。ショウを連れ出すのはそれくらい危険な事なのだ」


「分かってる。床に作れば目立たないだろうし、いつでも作れるよう準備してる」


 よぞらは話を切り上げてショウのそばへ歩いて行った。「ショウちゃ~ん、気に入ったものはあった?」


「イエス。これがカワイイとおもいます」


「ん~いま変身すると万引きしたと思われちゃうから、見るだけにしようね~」


「……………?」


 自由気ままなように見えて、少しずつ超能力者としての自覚が芽生えてきているらしい。昔は使いたいから使うだけだったのに。成長したものだ。


 その後ろ姿を眺めて安堵していると、ふいにテレパシーが聞こえてきた。


「****」


 これがショウの言葉ではないとすぐに分かった。


 そもそも日本語ですらなかった。例えるなら、恐ろしい森にすむ怪鳥のような奇怪な言語であった。耳にするだけで身の毛もよだつようなおぞましい声。僕には理解できなかったが、ショウは違った。「呼ばれてイます……」


「ショウちゃん?」


「呼ばれてイます……」


 ショウがふらふらと歩き出した。まるでゾンビのような足取りで、目はうつろ。あのとき巫に何かをされた時と同じ状態である。こうなると僕たちにはどうにもできない。よぞらは止めようとしたが、人間離れしたモノスゴイ力で振り払われてうつ伏せに倒れた。


「大丈夫か?」


 僕は助け起こしながらショウの方を見た。「あの状態では僕たちの声は届かない。今は追いかけるしかないよ」


「……………」


 よぞらは行きたくなさそうに俯いていたが僕が「行こう」と急かすと、ため息をついて僕の手をとった。

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