第28話
一方そのころ、よぞらに連れ去られた少女は昼食を求めて購買の列に並んでいた。テレパシーで状況を報告してくるから僕は目の前の事のように想像できる。
購買の人気商品は地元のベーカリー『ジョリエス』が手掛けるカツサンドである。サクサクジューシーなヒレカツともちもちなパンが人気の秘訣。昼休みには購買に長蛇の列ができ、怖い教師も素敵なあの子もこぞって買い求めるのだった。
「月曜日と水曜日は
「イエス。それは昨夜よぞらから貰った名前で間違いありマセん」
「ふぅん、どう見ても巫さんだわ……人にも変身できるなんて器用ねえ」
聞けば、少女はよぞらから『ショウ』という名前をもらっているのだそうだ。記憶も名前もないのは不便だからと仮に付けたらしい。「なぜ共有してくれなかったのか」と訊ねると「二人だけのヒミツと言われましたのデ……」と申し訳なさそうに言った。
昨夜どんな会話が交わされたのかは分からない。よぞらにはよぞらの思惑があるだろう。とはいえ僕が情報を提供したのによぞらが話さないのは不公平だと思う。
「あんたが望むなら昨夜の話を再現しましょウか?」
「いや、いいよ。どうせすぐ寝たんだろう? で、君が変身できることを自慢したい気持ちが強くて名前の事はすっかり忘れていた。しかも巫の事があったから話すに話せなかった。そんなとこだろう」
「なぜ分かるのですか?」
「よぞらは以外と単純なんだ。たぶん放課後あたりには気が変わって話してくれるだろう」
「そうなのですか? テレパシーを使っていないのに分かるものなのですね」
「まあ、それくらいはね」
ショウは不思議そうに「ふむ」と呟いた。
幼馴染なんてこんなものだろうと思う。はたから見たら協力していないように見えるかもしれないが、僕はよぞらの協力を前提に巫の話をのんだし、よぞらも僕の協力をあてにしていると思う。だからショウを僕に預けたのだろう。付き合いが深いから美しい友情を演じなければならない、なんて思わない。そんな窮屈な関係はごめんだ。
ふと気づくとよぞらがショウを見つめていたらしい。探るような視線を受けてビックリしたと彼女は言っていた。さらにビックリしたのは次の発言であったという。
「いまテレパシーでゆうと話してる?」
「―――――――ッ!」
とたん脳内でショウが騒ぎ始めた。「デンジャー! デンジャー! テレパシーは機密事項です! 至急援護を要請しマス!」と、たいへんうるさい。
折悪く倉科に話しかけられたタイミングだったので僕はずいぶんとひどい顔をしてしまった。ショウの声は文字通り頭に響く。こちらも手がふさがりそうだったので、静かにさせようと「大丈夫だよ」と伝えた。それはよぞらが「心配しないで」と言ったのとほぼ同時だったという。
よぞらが言った。
「あたしたちは監視されていない。って、ゆうが言ってただけだけど。でも、アイツは敵に心当たりがあるっぽいから信用しても大丈夫だよ。ゆうは憶測で判断したりしないから」
「デスが、こうも人通りの多いところで話すと誰に聞かれるかわかりまセン」
ショウが心配していたのは自分の存在が露見することであったが、この程度で見つかるとは僕は思っていない。それはよぞらも同じだったらしく、ショウを安心させるように微笑んでこう説明した。
「それも大丈夫。人ってあんまり他人の話を聞いていないから。あたしの秘密ね、高一のときは隠そう隠そうって思ってたんだけど、でも、それもメンドウになっちゃってついポロリと言ったことがあるんだ。ゆうの前でね。やっちゃった! って思ったんだけど、近くを歩いてた友達に聞いたら、二人のイチャイチャに興味ありませ~んって言われちゃった。友達がこう言うんだから他人だらけの場所なんてむしろ安全だよ。あたしたちの話に耳を傾けている人なんていない。いたら逆に怖いよ」
「いま、ほとんど同じ説明をゆうから受けました。二人はテレパシーが無くても繋がりあっているんですね」
「うん。信じたまえよ」
そう話しているうちに列がさばけて二人の番が来たらしい。商品を買った二人は階段を上がり二年教室を目指した。それからの二人の話はあまり聞いていなかった。木野と倉科の問題があったし、さして語るような事も起こらなかったからだ。
ただ、一度ショウが何かを言いかけて口をつぐんだ。僕はとうぜん追及したが「ナンでもありません」とひた隠しにされてしまった。
僕は後でよぞらに訊ねようと思う。
僕が得られた情報はショウからテレパシーで報告されたもののみ。二人だけの会話があれば、よぞらに口止めされたら僕には伝わってこないのだ。
僕とよぞらの目的はショウの記憶を取り戻す事で一致しているが、その背後にある思惑は若干のずれがあるように思う。
今日僕がとる行動は、倉科の告白を阻止し秘密の会話を探る。この二つ。
これをどうこなすかが重要である。
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