第23話


「デンジャー。巫美琴は危険な存在です。信頼、非推奨。友情の構築、非推奨。早期撤退を推奨しマス」


 僕が自販機の前に立って悩んでいると少女が言った。先刻からこの調子であった。戦慄のホームルームが終わってからずっと「巫美琴は危険だ話しかけるな」と、幼女が訴えかけるように情感たっぷりに騒ぎ続けているのである。


「それができたら苦労しないよ……」と僕は言った。


「ナゼです。巫美琴は危険デス。この場からの早期撤退及び他世界への逃走を提案します」


「無理だってば。なぜなら僕たちは学生なのだ。学生の本分は勉強。正当な理由なしに帰ると耳目を集める。それは巫とは別の強敵を作る事になるんだよ」


「別のキョウ敵……それはいったい?」


 僕はもっともらしい声を作って言った。「民意。これは大変厄介だ」


「ミンイ。それが厄介なのですか?」


「うん。彼らは好奇心という大義名分のもとに僕たちを取り囲むだろう。その結果君の正体がバレたら、君は巫美琴の前に姿を現すしかない」


「……ぶるぶる。それはオソロしいです」


 少女は巫と相対した時を想像したのだろう。リストバンドが細かく震えだした。健康器具みたいだと僕は思った。


「だから、ここは敢えて学校に通う」


「ソウですか……非推奨ですが、あんたがそう言うなら……」


「しかし、君にしか分からないこともあるだろう。気になることがあったらすぐに教えてくれよな」


 と言って、僕は炭酸を購入し口をつけた。


 実際、巫美琴には気を付けねばならないと思う。おそらくこの世界の人間ではないのだ。彼女の傍若無人な振る舞いは現代に蘇ったマリー・アントワネットのごとし。きっと異世界では居丈高なお姫様として贅を尽くした暮らしをしていたのだろう。とてもこの世界のルールを理解しているとは思えない。彼女が問題を起こさないように監視しておく必要があると思った。


「よぞらの被害者疑惑がある以上、言動には気を配っておかないとな」


「デしたら一つ……」と、おずおずと少女が言った。「巫美琴から膨大な魔力を感じます。おそらく、世界を作り変えてしまえるホドの……」


 僕はむせた。


「わっ。大丈夫デスか?」


「いま、なんて言った……?」


 思わず叫びそうになったところを炭酸が襲った。火花が散るような痛みが喉の奥に広がり、涙目になりながらせき込んだ。膨大な魔力だって? よぞらはそんなヤツに手を出したのか?


 しかし僕の想像はすぐに否定された。「ノン。よぞらは関与していないと思われます」


「なぜ分かる」


「巫美琴は人間ではありえません。オソらく神か、あるいはそれ以上の存在でショう。そういう気配を感じマス」


「……なんだそれ。アイツが何者かは分からないのか?」


 僕は聞き返したが、おり悪く自販機を利用する者が現れた。


 そのために僕たちは会話を中断された。


退きなさい」


 僕と少女の会話はテレパシーで行われる。それは、はたから見れば自販機の前に突っ立っている迷惑な人間に映っただろう。その人物は「おや、蝋人形かと思ったら。駒谷、お前でしたか」と言って僕を押しのけた。


 その人物はほかでもない巫美琴その人であった。


「げ、巫か」と僕は顔をしかめた。


「こんなところで何をしているのです。授業とやらが始まるのでしょう。早く戻りなさい」


「まるで自分には関係ないみたいな言いぐさだな」


「教養など、同レベルの文明を持つ者にしか通用しません。身に着けたところで何の役に立つというのか」


 神かそれ以上の存在(少女談)でも喉は乾くらしい。巫は財布片手に「茶はないのか」と、視線を上に下にさまよわせている。


「僕には、あんたも同レベルの文明人に見えるがな」


「そう見せているのだから当然です」


「ふぅん」


 巫は紅茶を購入すると一口飲んで顔をしかめた。「浅はかな味だ」


 こうして見ていると巫が危険な存在には思えない。言葉遣いはたしかに高圧的だがそれなりの人間味は備えているし、人類みな愚劣であると言わんばかりに平等だ。


 脳内では「デンジャー、デンジャー」と少女が騒いでいるが、彼女にコンタクトを取るなら今がチャンスではないかと僕は思う。コイツがどんな存在であれ人の姿をしているには相応の理由があるはずだ。隠す気はないようだし、それならいっそ訊いてやろうと僕は思うのだ。


 敵対していない今。訊くしかないと思うのだ。


 あるいは挑戦してみようという気持ちになっていたのかもしれない。僕は意を決して言った。


「角度を通して出現するクリーチャーに心当たりはあるか?」


 すると巫は「ほう」と口元に手をやり、冷笑を浮かべた。


「なぜそんなことを訊くのです。もっと他に訊くことなどあるだろうに」


「あの鎧の男が、ソイツに殺された可能性がある」


「ふ、そうでしょうね。アレ如きが敵う相手ではない」


「ということはやはり心当たりがあるんだな」


 僕が言うと巫はにやりと口の端を吊り上げた。


「ということはやはり、お前はあの場所にいたのですね」


 彼女の周りの空間がぐにゃりと歪んでいくように見えた。


「私は忠告したというのに」

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