第21話


 うの体で教室にたどり着くと、またもや富士山の話題で持ち切りであった。そういえば昨日木野が賭けをしていたようである。席に着くと、倉科がスススと近づいてきて「大変な事になっているよ」と耳打ちしてきた。


「何が大変なの」


「木野くんが、奢りは無しだって大騒ぎしてるんだよ」


「はあ?」


 聞けば、富士山に関して新たな事件が起こったために、昨日の映像が嘘か本当か判断がつけられないというのだ。今朝のニュースでまたしても富士山の様子が報じられた。それは昨日よりもいっそう非現実味を帯びた内容になっており、曰く、「銀の龍が富士山に激突して山頂が元に戻った」のだそうだ。


「意味がわからない」と、僕は言った。


「龍は全長十五メートルで、しかも銀の龍の頭には人間が乗っていたそうだよ。おかげで富士山は元の形に戻って、しかも噴き出した溶岩が固まってチャンとくっついたんだって」


「ますます意味不明だ」


「僕もそう思う。でも、木野くんはあのニュースが本当のことだって思ったんじゃないかな。だから賭けは無しだって騒いでいるのかも」


「なるほど。でも、意味が分からないことばかり起こるね。富士山が真っ二つだの、銀の龍だの」


「僕はちょっとワクワクしてるよ。だってなんか、アニメみたいじゃないか」


「僕は怖いよ。いつ僕たちが襲われるか分からないんだもの」


 世論の興味は失われつつあるようだった。あたかも山火事を消すためにさらに大きな山火事を起こすがごとし。嘘のようなニュースが流れて混乱していたところへさらにファンタジーなニュースが流れてきて、しかも事態は収拾したというのだから「なんじゃそりゃ」とほとんどの人が馬鹿らしくなったようだ。


 実際、騒いでいるのも木野だけだった。


「なんだよあのニュース。ふざけるのも大概たいがいにしろよな! 賭けの話は無しだ! どうせどこぞの映像作家が作ったんだろ! それが騒ぎになったから慌てて解決したようなニュースを流して誤魔化してるんだ! そうに違いない!」


「うるさいなぁ。そもそもあのニュースを本気にしたのって木野だけじゃん。みんな嘘だって思ってたよ」


「ねー。だってどう見てもCGだったもん」


 こんな調子で彼はクラス中にからかわれていた。


「奢りの話が無くなってホッとしたよ」と倉科が言った。


「みんな嘘に賭けるもんだから、このままだと僕のお小遣いが無くなるところだった」


「まあ本当だったとしたら、確認に行くことなんてできなかったろうし。嘘に賭けるのが安定ではあったよ」


「……そっか。静岡まで見に行かないと誰も信じないから、嘘だったら行きたくない。本当だとしたらバスとかが通ってなくて行けない。という事は、絶対に嘘派が勝ってたってこと?」


「バスが通ってなかったら、さすがに本当派の勝ちになると思うけど。でも、そもそも誰も確認になんて行きたくないよね。お金かかるし」


「じゃあやっぱり本当派の負けじゃないか!」


 そんな話をしていると頭の中に例の声が響いた。


「クエスチョン。彼は何の話をしているのデスか?」


「学校で話しかけるなって言ったろ」


「気になるのです。よぞらは昨日言いまシた。気になる事はなんでも聞いて、ゆうが答えてくれるから、と」


「アイツ何余計な事を言ってんだ。ちくしょう」


「気になりマス。何がウソなのですか?」


 少女はどうしても知りたいようだった。教えて教えてとせがむ声が頭の中でこだまする。


 僕は何と答えようか迷った。フィクションの世界では、真実を知っている少女が倉科に食って掛かる展開に繋がるであろう。リストバンドの変身を解いて「その話は本当だ。彼らが解決したのだ」とやっきになって説明する。そこで僕とよぞらが慌てて少女を廊下へ連れ出し、「学校で変身を解いたらダメだよ!」と叱る。そんな図が目に浮かぶようだ。


 なんとファンタジーで、なんとよぞらが喜びそうな展開だろう。賭けの話をしたらこういう展開になるに違いない。でも、僕は疲れているから適当な事を言って誤魔化す事にした。「これは男同士の会話だよ。君のような少女には分からないだろうが、男には逃げてはいけない時というものがあるのだ」


「そうですか。なるほどナルほど。昨日ゴージャーが襲われたときの事を彼らは嘘だと思っている、という事デスね」


「ちょっと待った。なぜ分かる」


「賭けの話をしたらワタシが彼に食って掛かるだろうと、ゆうが先ほど言ってました。テレパシーでつながっているから考えている事は全部伝わるンですよ」


「駄々洩れかよ!」


「ちなミに、先ほどは便宜上テレパシーと言イましたが、本当は私の一部があんたの体の中にあるからであって、実際は私の一部を通して話しかけています」


「訊いてない訊いてない。っていうかなんだソレ、気持ちわる!」


 僕が顔をしかめると、今度は倉科が「顔色が悪いけど大丈夫かい?」と話しかけてきた。「そういえば汗がすごいよ。体調でも悪いの?」


「ああ、いや、ちょっと寝不足でさ」


「平気そうには見えないけどなぁ……保健室に行った方がいいんじゃないかな」


「いや、大丈夫。心配されるほどじゃないよ」


「でも……熱中症って自分じゃわからないって言うし、やっぱり保健室に行った方が……」


 などなど、彼は持ち前の優柔不断を発揮して離れようとしない。


 頭の中では引き続き少女の説明が鳴り響く。「気持ち悪いとはなんですか。私の体は傷も治せるし身体能力を補助したりできるんデスよ? 彼らは私たちを重宝しました」


「だから訊いてないって!」


 頭の中で答え、口でも答え、僕はパニック寸前であった。なるべく角を立てないようにどちらの話も聞こうとするのが仇になっているのは分かっている。しかし、話を強引に終わらせるとシコリが残るし、やはり耐えるしかないだろう。


「ねえ、どこか痛いの? 顔が険しいけれど……」


「ああもう、うるさいなあ! 静かにしろったら!」


「わっ、ごめん……」


 無理だった。僕は強引に話を終わらせるつもりでこう言った。


 正確には少女に言ったつもりであった。


 それが口から出たと気づいたのは、教室がシンと静まり返って耳目が注がれてからの事だった。


「あれ……?」

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