第17話


 僕は精いっぱい手を伸ばしてよぞらに飛びついた。


 もう少しで手が届くというところで、剣の一本が僕の腕を貫いた。


「―――――――――ッ!?」


 あまりの痛みに声も出せない。さらに二本三本とふりそそぐ剣に死を覚悟したとき、あたりを紫色の光が包み込んだ。


「インジェクション――。SY‐G。起動シます」


 その直後信じられない事が起こった。


 紫色の光があたりを包み込むや否や降り注いでいた剣がピタリと動きを止め、まるで時間が止まったかのように静止した。かと思うとクルリと向きを変えて、ある一点を目指して飛び始めたではないか。


「破壊対象を確認しまシた。攻撃を開始します」


 それはさながら1986年に観測されたハレー彗星のごとき帯状の光となり富士山目掛けて飛んでいく。


 僕らは唖然あぜんとして見守った。


 その光は何かを追いかけるようにグネグネと蛇行し、螺旋を描き、一条の線となり、ついには富士山の山頂部に直撃した。


 その勢いたるや。土煙は噴火と見まがうほど激しく上がり、破壊力は山頂部のズレを直してしまうほど。鎧の男や謎の襲撃者を軽く凌駕りょうがする恐ろしき力に、脳裏に浮かんだのはマスコミの四文字。案の定、遠くの方からサイレンが鳴り響き、ヘリの音が近づいてきた。「まずい! 自衛隊に見つかったぞ!」


 僕は慌ててよぞらを引っ掴み、次いで鎧の男を掴む。男を助けるつもりはなかったが、このままここに置いておいたら関係者に見つかる事は必定。骨董品として売りに出されるか、はたまた砂塵に帰す未確認生命体してバズるかは定かではないが、その道中で僕たちの事を話されたらたまったものではないので、連れて行かざるをえなかったのである。


 彼らがゲートを通り異世界へ行ったことを確認してから、地面に開いたゲートに入ろうとして、僕ははたと立ち止まった。


「僕の手のひらにはゲートが開いているが、ゲートの入り口同士がぶつかったらどうなるのだ?」


 僕は地面に開いているゲートから逃げるつもりであったが、その際にゲートの入り口同士が干渉しあって対消滅するのではないだろうかと不安になった。もしゲートが消滅してしまうと僕は異世界に行くことができなくなってしまう。ともすれば僕の腕ごと消えてしまうかもしれない。


「これは困ったことになったぞ……」


 僕が思い悩んでいると、よぞらがひょっこり戻ってきて「何してるの! 早くこっちに来て!」とゲートから腕と顔を出して手招きした。


「でも、僕の手のひらにはゲートがあるんだ。入り口同士がぶつかったらどうなってしまうんだ?」


「そんなの、あたしが消してあげるから! ほらこっち!」


 たしかにそれで良い。僕は頷いて、よぞらが開けたゲートから異世界へと逃げた。


 自衛隊の隊員が到着したのはゲートが閉じてから数秒後の事であった。


 間一髪。僕たちは脱出に成功したのだった。


     ☆ ☆ ☆


 僕たちが異世界へと逃げてから数時間後。日本にとあるニュースが報じられた。曰く、富士山の山頂部に人が激突した可能性があるという。


 富士山の側面に巨大なクレーターが確認された。そこは吉田ルートと呼ばれる人気の登山道で、登山シーズンになると混雑するという、初心者向けの登山ルートであった。その吉田ルートの九合目から少し離れた場所に直径10メートルにもなる大穴が開いたというのである。


 クレーターの中心部に特にくぼんだあとがあり、自衛隊立ち合いのもとで警察が調べた結果、そのくぼみから微量の繊維片が検出されたのだという。


 その場所はとても人が登れる場所ではなく、登山者が滑落したとも考えられない場所だから、どう考えても人が激突した跡にしか見えない。しかも、くぼみが綺麗な半球状であることから、身長155センチの人間が背中を丸めて激突したと考えられる。というのだ。


 一部始終をご覧になった読者諸君であるなら、アレだけの攻撃を受けておきながら繊維片を残しただけという事実に驚きを覚えるだろう。無数の剣の直撃をくらっても血痕の一つも残さない襲撃者は何者なのか? それはすぐにでも明らかになるからここでは割愛するとして、問題は、襲撃者が死んでいなかったということである。


 富士山に激突したものを警察と自衛隊が協力して捜索したが、付近からは何も見つからなかった。


 銀色の帯を作った無数の剣も、激突した襲撃者の姿も、何も見つからなかった。


 ただ、不自然に切り倒された巨木が数本と、何かが争った跡がかろうじて見つかっただけであるという。


 ということは、僕たちはこれからくだんの襲撃者に命を狙われる事になるだろう。


 僕はとうぜん生きた心地がしなかったし、この問題は常について回る事となった。


 まあそれは、僕とよぞらが現代に帰ってからの話である。


 ひとまずは異世界に逃げてからの事を話そう。

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