第16話
男がゲートに足を踏み入れようとしたその時だった。
男の背後から、すさまじい音を立てて巨木が吹き飛んできた。
「危ない!」と僕は叫んだ。
ここへきて予想外の事態である。男とは別の脅威が襲い掛かってきた。僕もよぞらも突然の出来事に体が硬直してしまい、男でさえも反応が遅れた様子。横向きに吹き飛んできた巨木が男に直撃し、ネットにはじかれたボールのように飛んで行った。男は「ぐぉぉ……」と小さくうめいた。
いったい誰が巨木を飛ばせるというのか。異世界ならいざ知らず。重機クラスの怪力を持つ人間がこの世界に存在するとは思えない。
僕はよぞらを守るために抱き寄せた。
「誰がこんな事を。だってあたしが連れてきたのは……」
「アイツだ。昼休みのとき話しかけてきたアイツだよ!」
「でもあんな子、あたしは知らな――――――きゃあ!」
再び切り倒された木が飛んできた。正確に鎧の男を狙ってすさまじい勢いで飛来するこの巨木は人為的な攻撃と見て間違いないだろう。
木は男に直撃し、男は砂塵を巻き上げてよろめいた。もう少しでゲートに到達できるというところで、男はあべこべに遠ざかっていく。
「くっ、魔力を……俺に魔力をくれ。『アレ』を抑えることができな……い………」
男の鎧がみるみるうちに風に削られていく。そのさまはまさに枯れていく桜のごとし。
男は必死でゲートへ到達しようともがいているが、謎の襲撃者はそれを阻むように男を狙い続けた。
この隙に逃げようと僕は考えた。結局、この男がいなくなれば平和が戻ってくるのだ。昼間の少女(たぶん異世界人)もこの男をきっかけに動き出したものと思われる。ならばまずは目先の安全を確保するのが当然だろう。しかるのちに少女の対処を考えれば良い。非情に見えるかもしれないが、僕のような無能力者にできることは生き延びる事だけなのだ。僕はよぞらの手を引いて「いまのうちに逃げよう」と言った。
「ダメだよ! アイツは自分の意志で帰ろうとしている。きっと理由があるんだわ!」
「理由? そんなの元の世界に戻って力を蓄えたいからに決まってるだろ! このままここにいたら僕たちまで危ないんだ! いいから逃げよう!」
「ダメだってば! だって、たぶん、アイツは何かを封印してて、このままだとその封印が解かれる事を危惧している……そういうふうに見えるの!」
「だったらこの襲撃者がソイツごと排除するだろう! 僕たちにできることは異世界に行くことだけ。だったら襲撃者に任せれば良いだろう!」
「嫌だってば!」
よぞらは僕の手を振り払って走り出した。
「よぞら!? なにしてるんだ!」
「あたしには、アイツが悪い奴には見えないんだもん!」
男の元に駆け寄ったよぞらはそばにひざまずいて「もう大丈夫だよ」と肩に触れた。
僕はギョッとしたが、たしかに男が敵意をむける様子は見られない。
むしろ剣を置いて、すがるように手を差し出した。
「お前が、あのゲートを開く能力者か?」
「うん。もう大丈夫だよ。すぐ元の世界に帰してあげるからね」
「ああ、急いでくれ……」
土壇場ではあったがようやく男が元の世界に帰るのだ。
ホッとすると今度は、新たな不安が脳裏をよぎった。
「あの男を帰したら、異世界に行けるよぞらはどうなるのだ?」
襲撃者が鎧の男を排除しようとしていると仮定するなら、ヤツの目にはよぞらが協力者のように映るのではないだろうか。再度世界を破壊するために男を帰したと襲撃者の目に映れば、男を帰した後で今度はよぞらが襲われるのではないだろうか。そうなると僕たちに安全は無くなるのではないだろうか……そう考えて僕はゾッとした。
「よぞら、いますぐソイツから離れろ!」
僕がそう叫んだとき、事態はさらに悪化してよぞら救出は予断を許さぬものとなった。
ジャキンジャキンと金属の擦れあう音が上空で鳴り響く。見上げれば、無数の剣が浮いているではないか。切っ先はまっすぐよぞらたちを向いていた。襲撃者はこの場でよぞら諸共始末するつもりなのだろう。もはや隠すつもりもない異世界ぶりに僕は仰天した。「よぞら!」
僕は思わず走り出していた。
僕の手のひらにはゲートが開いている。どんなに小さいゲートであっても触れたものを異世界へと送り出す。これなら、男を助けることはできなくても、よぞらだけでも助けることができるはずだ。
敵のなりふり構わぬ異世界ぶりが、逆に僕を突き動かした。
「よぞらーーーーーー!」
僕が走り出すのと剣が降り注ぐのはほぼ同時であった。剣はものすごい速度で迫ってくる。擦り切れた運動靴からコンクリートのような硬さが返ってくる。走りなれていない人間がいきなり体を動かしたとて、漫画やアニメのようにかっこよく救出できるワケがない。
それでも僕は精いっぱい手を伸ばしてよぞらに飛びついた。
もう少しで手が届くというところで、剣の一本が僕の腕を貫いた。
「―――――――――ッ!?」
あまりの痛みに声も出ない。さらに二本三本とふりそそぐ剣に死を覚悟したとき、あたりを紫色の光が包み込んだ。
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