第15話
僕たちは頷きあい、歩き出した。
「あそこにいるんだろうね、きっと」
樹海の奥から嫌な空気が漂ってくる。体の奥底からしびれてくるようだ。
魔力と形容される不思議物質がこの中に含まれていると思うと毒を吸っているような気分になるし、今後の健康が心配だ。「うう、気分が悪くなってきた」と僕は呟いた。「魔力って人体に影響ないのかな」と弱音も吐いた。
「大丈夫。あたしは何度も吸ってるわ」
「君の無謀な性格は魔力のせいか? 問題しかないじゃないか」
「失礼なやつ。魔法の世界に飛ばしてやろうか!」
よぞらはそう言うと僕の背中をバンと叩いた。「しゃきっとしなさい。あんたがそんな調子だと、あたしまで怖くなってきちゃう」しかし背中を叩いた手が、今度はすがるように服をつかんだ。「怖くなんか、ないもん」
「よぞら……」
彼女の声は徐々に小さくなっていった。アクシデントは何度も経験しているようだが、頼るものが無いとみえる。「お前が怖いなら、経験したことのない僕はなおさら不安だ」と喉から出かかったが、さすがにやめておいた。
「……ま、行きましょ。こんなところでうだうだしていられない」
パッと手を放したよぞらが歩きしたが、その背中はどこか無理に自分を奮い立たせているように弱々しかった。
そうだ。よぞらも怖いのだ。僕は今さら気付いた。いくら異世界に行けるとはいえ。いくら困難を乗り切ったことがあるとはいえ、命のやり取りはいつだって怖い。だから彼女は僕を連れてきたのだろう。なぜそれに気付いてやれなかったのか? 彼女の助けになると決めたばかりではないか。こういう恐怖はむしろ願ったり叶ったりだ。昨日僕が望んだことだ。早くもそのチャンスが回ってきたと思えば何を恐れる事がある。「乗り切った後には爽快感がある」僕は呟いた。
僕はよぞらの手を取り、安心させるように頷いて見せた。そして言葉をかけてやろうとしたまさにその時だった。
「グォオオオオオオオオオ!」という風のうねりのような雄叫びが僕たちの間を切り裂いたのは。
異世界慣れしているよぞらがすぐに態勢を整えた。「あんたの手のひらにゲートを開いた」
見れば僕の手から石で出来た部屋が見える。これで捕まえろという事らしい。
僕は
「つまりアイツに触れろってことか。どうやって!?」
「たぶん会話は通じるヤツだから大丈夫。昨日は切り抜ける事で精いっぱいだったけど、思い返してみればアイツはあたしたちの返答を待っていたように思うの。あたしたちにしかできない何かを期待しているような節があった。だからそれに賭けてみる」
「そんなのただの想像だろ!? それで失敗したらどうするんだよ!」
「そんときはあたしも一緒に死ぬわ。ほら、来たよ!」
「んな適当な!」
目の前の木々が土煙をあげて倒れた。その奥に光る紫色の光。恐ろしい鎧の男が姿を現した。
僕の覚悟はよぞらの一言によって簡単に吹き飛んだ。今日一日あれだけ時間があったのに蓋を開けてみれば性善説か! やはり彼女は超能力者としての自覚に欠けていると言わざるを得ない。ここは僕がしっかりしなければ。
「探したぞ、お前たち」
「来た。ここが正念場だよ、ゆう」と、よぞらが言った。
「この世界はどこだ? 私がいた世界ではないようだが」
「だとしたら何? あなたは何を期待しているの?」
「私が期待していることはただ一つ。この子を――――」
そう言いかけたところで鎧の男の右腕部がとつぜん崩れ落ちた。まるで砂像が
「時間ってなに? なんのこと?」
「お前たち。いますぐ私を元の世界に戻せ。さもなくばこの世界が崩壊することになる」
「いま世界を崩壊させているのはお前の方だろ!」
僕が思わず突っ込むとよぞらも「そうだそうだ」と加勢した。
「この山の事か? 申し訳ない事をしたと思うが、私が移転した先がマグマの上だったのだ。脱出するためには致し方のない事だった」
「だからって活火山を真っ二つにするヤツがあるか! お前のせいでこの国は大混乱なんだぞ! いまも自衛隊や警察が出動して、民間人の保護や調査に大忙しなんだ!」
「そうよ! あんたは危険すぎるわ!」
「そう言われてもな。山の一つや二つ、戦闘があれば消えるものだろう?」
「そんな異世界の常識を持ってくるな!」
僕はたまらず突っ込んだが、よぞらは僕の方を見て「そうだそうだ」と男に加勢した。「ええ……?」
「とにかく、私には悠長に話している時間が無い。早急に私を元の世界を戻せ。私の傷が癒えてしかるのちに、お前たちには頼みを聞いてもらう」
「なんて横暴なヤツなの。いいわ、だったらあんたを元の世界に返してあげる」
よぞらは地面に二メートル四方のゲートを開くと一歩下がった。「ただし、あんたの頼みを聞くかどうかは対応次第ね」
「何をすればよい」
男はぞんがい素直に訊ねた。もしや僕たちを騙そうとしているのか? 僕は生唾を飲み込んだ。
「簡単よ。あんたが自分からゲートに入ってくれれば良いの。そうすればあたしたちもあんたを信用するわ」
「それならお安い御用だ。このゲートが魔力のある世界に繋がっているのなら、どこに出たって良い」
「それは保証する」
「なら、行こう」
そうして男がゲートに足を踏み入れようとしたその時だった。
男の背後から、すさまじい音を立てて巨木が吹き飛んできた。
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