第14話


 登山道の周囲は不自然なくらい静かだった。規制線が張られ自衛隊の駐屯基地が設置されているが、それにしても人の気配がない。ここが青木ヶ原樹海であるということを除いても、自衛隊の姿も警察の姿も見当たらないのはおかしなことだ。


 頭上を仰ぎ見れば、七合目から頂上にかけてズレた富士山の姿が見える。よぞらの調べによると山頂部は山梨県側にズレているということだった。


 僕はぐらぐらする頭を押さえて文句を言った。


「その力、どうにか同じ世界に繋げることはできないのか? 一度別の世界に行かないといけないなんて聞いてないぞ」


 意気揚々と鎧の男退治に臨んだはいいものの、僕は出鼻をくじかれた気分だった。


 よぞらの能力は異世界に行くことができる力。だが同じ世界にゲートを開くことはできないようで、僕たちは二度のゲート移動をする羽目になった。


 あの濁流に飲まれるような感覚は何度経験しても慣れない。よぞらが背中をさすってくれたが、その顔は呆れているように見えた。「ねえ、昨日いっぱい経験したでしょ。いい加減慣れてくれないと困るよ」


 僕たちは富士宮五合目(通称、富士宮ルート)を目指して歩き出した。富士山麓はカラッとした陽気に包まれていた。歩いているだけで体内が消毒されていくような陽気。森の中は澄んだ空気が漂っており絶好のピクニック日和である。


「目撃情報があったのってどこら辺だっけ」


 よぞらが手で扇ぎながら言った。「キュイッターに投稿あったんでしょ? 写真だけで分かったあんたもたいがいだけど」


「今は写真から検索できる時代だからね。君にこういう知恵はあるまい」


「へんっ、どうせ馬鹿ですよー」


 鎧の男の目撃情報があったのは白糸自然公園という施設の付近だった。


 富士山頂が山梨県側にズレているということから僕は、鎧の男が出現したのは静岡県側であろうと考えた。富士山を二つに斬ったのち男は富士宮五合目を通りこの青木ヶ原樹海方面へと歩いていると考えた。白糸自然公園で目撃されたのは3時ごろの事。もし男がまっすぐ樹海を目指しているのであれば、目的地方向から歩けばすぐに出くわすだろう。僕はそう考えたのだ。


「よぞら。やる事は分かっているな。見つけたらすぐに送り返すんだぞ」


「わかってるよ。そんなに難しい事じゃないから心配しないで」


 よぞらは何でもない事のように言った。石造りの塔の時といい、干ばつの村の時といい、彼女はよく機転が利くように思う。いままでもこういうアクシデントを経験してきたのだろうか。僕は訊ねてみた。


「お前さ、いままで瞬間移動だと言って能力を使っていたけど、そのたびに異世界に行ってたのか?」


「うん」


 よぞらはあっさり答えた。「あんたも行ってたじゃん」


「僕も?」


「うん。気づいてなかったの?」


 よぞらは意外そうに首をかしげた。気づいていなかったのと言われたって、今まではあんな長いゲートを通ったことが無かった。だから、同じ世界を行き来するゲートと異世界を行き来するゲートの二種類があるものと思っていたけれど、どうやら違うらしい。


「あたしの力は異世界に行くことしかできない。でも、隣の世界の同じ場所なら長いゲートを通らずに済むんだよ」


「……ということはなにか? これまで瞬間移動と称して僕を連れまわしていたのは全部パラレルワールドだったと言いたいワケか?」


「そうだよ」とよぞらはケロッとした顔で認めた。「あたしのゲートって今いる世界から離れているほど距離が長くなるんだよね。だから隣にある世界なら一瞬で行き来できるんだ」


 ……つまりは、僕は気づかないうちに何度も異世界へ連れていかれていたということだろう。たしかに遅刻しそうになった時にはよぞらを頼る事もあった。そのたびに別の世界を行き来していたとは………。気づかなかった自分が恥ずかしい。


「ま、こんなヘマをしたのは初めてだけどね。焦って繋ぎやすいところにゲートを繋いだのがいけなかったんだ」


 よぞらは気落ちしたように空を見上げた。「めんどうな事に巻き込んじゃってごめんね」


「別に。僕が勝手に付いてきただけだから気にするなよ」


「たしかに。なんで付いてきたの?」


「放っておいたらまた何かしでかしそうだからな」


 僕はよぞらの肩に手を置いて言った。「いわば監視役ってとこだ」


「信用ないなーあたし」


「当然だろ。いままでどれくらい奇行を重ねてきたと思ってるんだ」


「奇行とは人聞きが悪い。あたしにとっては普通なんだよ。この力は」


「知ってるよ。僕にとってもお前の奇行はいつもの事だからな」


「だから奇行って言うなよー」


 そんな話をしながら歩いていると、遠くの方から何かが倒れる音がした。目を凝らして見ると、木々が煙を上げて沈んでいくのが見えた。


「あそこだな」


 僕が指さすとよぞらもコクリと頷いた。


「いよいよだね。何度も言うけど、アイツを怒らせたら僕らの命はない」


「うん。慎重に行こうね」


 僕たちは頷きあい、歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る