第12話
富士山は言わずと知れた日本最大の火山である。僕が調べた限りでは最後に噴火したのはいまから300年前の事。宝永大噴火と呼ばれる噴火が起こり、火山灰など甚大な被害をもたらしたという。数百年のあいだ噴火活動が無かったからといって今後噴火しないということは無く、そもそも富士山の噴火は百年単位になることもしばしばだそうだ。今回の切断事件では、断面から少量のマグマの噴出が認められた。これはいますぐ被害をもたらすほどではないものの、今後大きな災害につながらないとは言い切れないという発表があった。
「ふぅん、つまり近づいても危険はないってこと?」
「そうじゃなくて、近づきすぎたら危険な目に遭う可能性があるってことだよ」
僕は本から顔をあげて言った。
図書室は学を志す者にとっては宝の山である。知りたいことは何でも調べることができるし、インターネットとは違って基礎から学ぶことができるから土台のしっかりした知識が身に付く。とはいえ、今回は時間がないから情報を選んでいるけれど……
よぞらはスマホを
「お前……今回の騒動はお前のせいなんだからもう少し責任を感じたらどうなんだ? なんでも避難勧告まで出ているそうじゃないか」
インターネットも富士山の話で大騒ぎ。上下にわかれた富士山の写真や、マグマが流れる様子を撮影した動画が多数横行していた。現地では自衛隊が出動しているという情報もあるし、一介の高校生が容易に近づけるような状態ではないと思われる。
「ゲートを通るとして、出た先がマグマの海だったら終わりだし、そもそも鎧の男がいまも富士山付近にいるかも定かじゃないんだ。ちゃんと調べているんだろうな?」
計画の実行は放課後。目的は鎧の男を元の世界に返すこと。僕が地図などを調べたり、その情報を元にインターネットの情報が正しいかを判断する。よぞらは鎧の男や富士山の現状について情報収集をする。
そのために昼休みを返上して情報収集をしているというのに、肝心のよぞらは素知らぬ顔でぼーっとしているのだ。事態の深刻さを理解しているのだろうか? あの男を追い返さない限り、平和はないというのに。
「なにそんなにカリカリしてんの。焦ったってどうしようもないし、放課後に行こうって言ったのはあんたじゃん? あんたこそ、どこにゲートを繋げたら良いかちゃんと調べといてよね。ゲートを繋げる条件。人に見られないこと。危険がないこと。人が通れるスペースがあること!」
「そうだけど……でも、さっきも言ったように富士山付近に鎧の男がいなければ意味がないんだ。ヤツの目撃情報を追わないと」
「心配しなくてもちゃんと調べているよ。いろ~んなSNSとか怪しげな掲示板とかね。でも、どこを見ても富士山ばっかりでアイツの情報なんてどこにもない。みんな地殻変動とか噴火の話ばっかりしてるね。掲示板の方ではスレが立ってるところもあるけど、まあ、オタクの妄想って感じ」
よぞらは肩をすくめた。「ニュース映像にちょっと映っただけの鎧の画像を切り抜いて雑コラ大会開やってるよ」
「馬鹿ばっかりか?」
「でもけっこうおもしろいよ。ほら、この漫画風のやつとかさ」
よぞらがスマホを見せてきた。そこには少女向けのラブコメ漫画のワンシーンが映っている。線の細いイケメンがヒロインの顎をクイッと傾けて告白をしようとしているシーンのようだが、頬を赤くして照れているヒロインが例の鎧の男に張り替えられていた。
「結局みんな信じてないんだよ。どっちも非日常すぎてさ。それに鎧の男が本当に危険なやつなら今頃もっと大騒動になっていると思うよ。きっと暴れられない理由があるんだ」
「暴れられない理由ねぇ……」
「誰かが下手に接触して怒りを買う方がもっとヤバくない? 触らぬ神に祟りなしって言うし、死傷者が出てないなら触れてくれない方がまだいいよ」
よぞらの言葉には聞くべき点があると思ったが、しかし、異世界からやってきた鎧の男が巨大な剣で富士山を斬った一大事なのである。なぜ誰も信じないのだろう。これが映画の主人公の気持ちかと僕は悲観にくれた。
僕は時計を見て本を閉じた。そろそろ昼休みも終わりの時間だ。
「とにかく、いったん富士山付近に行くとしてだ。青木ヶ原樹海の中なら人もいないだろうし、アイツと接触するとしたらソコしかないと思う」
「そうだね。あたしも、さすがに今回の事では責任を感じてるからさ。ちゃんとやり遂げるよ」
よぞらはそう言って僕をジッと見た。なんだかんだ言っても覚悟は決まっているらしい。
「そうか。僕も悪かったよ。お前ともっと話をするべきだった」
「あたしと話を?」
「うん。お前の事はなんでも知っているつもりだったけど、僕は何も知らなかったのだと、昨日の事で思い知ったよ。だから、幼馴染としてさ、お前ともっと話をするべきだった」
「…………………」
「ごめんな、よぞら」
「…………………」
よぞらはしばらく俯いていたが、やがて肩の力を抜くようにフッと笑った。
「そうだね。あんたともっと話をすればよかった」
「僕は君のような力が無いから想像することしかできない。でも、困ったことがあったら力を貸すよ」
「うん、ありがとう」
僕たちは本棚に本を戻して教室へ戻った。
『彼女』に話しかけられたのは、ちょうど図書室を出ようとした時だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます