第6話


 制服が透けたくらいで彼女の探求心が治まるわけがない。よぞらは着替えを用意すると僕を異世界に拉致してから着替えた。


 いったいどれくらいの世界を回ったのか分からない。よぞらはあれがダメこれがダメと様々な文句をつけて飛んで回った。突発的異世界ツアーは夜になるまで続いた。


「ふぃ~~疲れた。きょうはここで休もっか!」


「いや、お前……………ここか!? よりにもよってここで休むのか!?」


「そだよ。……ダメ?」


「ダメじゃないけどさぁ~~……ここって……マジか」


 僕は思わず生唾を飲み込んだ。


 永遠に夜を繰り返す世界。文明が発達しすぎて機械が支配するようになった世界。魔法が発達した世界などなど。いかにも「これぞ異世界!」みたいな世界が星の数ほどあった。彼女の望みを果たせる世界はいくつもあったはずだ。


 その中で選んだのがココって……よりにもよって……マジか? コイツ、マジで言ってんのか?


「んふふぅ……一度泊ってみたかったんだ~~。ニューヨークの最高級ロイヤルスイートホテル!」


 設置された調度品はすべて最高級。デザインが洗練されているのは言わずもがな。そこらのホテルみたいに見た目だけの安物なんかじゃなくて、使用感も抜群の一流の品ばかりが揃っていた。ガラスのテーブルとか牛革のソファとか、窓からは天にも届きそうなビルが見えた。きっとあれはエンパイア・ステート・ビルだろう。外から車のクラクションとエンジンの回転音が聞こえてくる。


 よぞらはよりにもよって現実世界に戻ってきたのだ。


 ばふっとベッドに飛び込んでゴロゴロ寝転がっているが、これじゃあ異世界に行った意味なんてあるのか?


「お前さぁ~~、無賃旅行がしたかっただけなのか? こんなところに忍び込んでどうするつもりだよ。ここは超一流のホテルなんだぞ。超一流! きっとガードマンがいっぱいいるよ。僕らは無銭飲食とか不法侵入とかで捕まるんだ!」


「そんなら見つかる前に帰ればいいだけでしょ? うわ、見て見て! これ映画で見たヤツ!」


 彼女はクローゼットから取り出したガウンを着てすっかりセレブ気分だった。中には彼女愛用のクソださTシャツを着ている。


 中学生の頃からパジャマにしている服を高級ガウンの下に着るか? 普通。


「じゃじゃ~~~ん。んふふっ、これであたしもセレブの仲間入りだね!」


「頭が痛くなってきた……」


「じゃあこのベッドで休むと良いわ。すごいわよ。フッカフカだよ~~」


「…………………」


 よぞらはそう言ってベッドに座り込んだ。真っ白いシーツのかかった新品のようなベッドは座り心地さえも高級だった。布団は羽毛のように軽くふわふわしている。下の寝具の方は見た目硬そうだが、座ると少し沈み込む。まるで頑丈な畳の上に低反発のマットを敷いたみたいに、沈むところまで沈むと硬くなるのだ。これで最適な重量バランスと寝姿勢を実現させているらしい。


 頭が痛くなってきた……コイツには危機感ってものがないのか?


「なあ、よぞら。異世界に行くとか高級ホテルに泊まるとかは別にいいんだ。君がその力で何をしようと君の自由だし、好きなだけしたらいいと思う。でも、それだけじゃ君の世界は変わらないぜ」


「その説教、何度目? …………ねえ、こっちに座って」


 ベッドの端をぽんぽん叩いて催促された。説教がこたえたのか、妙にしっとりした声音だった。


「なんで?」


「いいから」


「………はあ」


 僕が座ると、よぞらが後ろから両手で僕の目を隠した。「いったい何をするつもりだ?」


 まぶたを通してよぞらの体温が伝わってくるようだった。しっとり柔らかい女の子の指がマッサージでもするみたいに優しく添えられる。耳元でよぞらの声がして、思わずビックリした。


「ねえ、あたしさ、幸せになりたいの。なれるかな?」


「突然何を言いだすんだ? なれるだろ。きっと」


「そう? こんな世界なんだよ。これがあたしの普通なんだよ? みんなと違うってこと、あたしが一番分かってた。普通じゃない。みんなとは一緒になれない。あたしが普通でいられる世界を探すのって、そんなにいけない事なのかな」


「……こ、これは……なんだ?」


 ふいに光が差し込んで、僕は目を開けた。よぞらの指が一部ゲートになっていて、どうやらこの部屋を映しているらしいが、ただ向こう側が見えているというわけではないらしい。


「これがあたしの見ている世界だよ。あたしの視界をゲートに繫げた………あんたにも見せてあげる」


 それは悪夢みたいに奇妙な光景だった。

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