第5話


 ごめ~ん、神になっちゃった……てへっ。と言われたって困る。


「いきなりなんだよ今度は……神になったってどういうこと?」


「見れば分かると思うけど、この人たち儀式の真っ最中だったっぽいね」


「ああ、なんかこっちに向かって平身低頭してるね」


 安土桃山風の人々が地面に膝をついて僕達を見上げていた。まるで餌を待つ鯉のように口をパクパクさせて口々に何か言っているが遠すぎてよく聞こえない。僕達は高台のような場所にいた。地上から約20メートルくらいの高さに木で作った足場がある。文明レベルは安土桃山なのに祭祀場は弥生時代みたいだ。


 石の塔から移動した先は牧歌的な農村だった。その移動にはもちろんよぞらのゲートを使った。帰りたいという申し出が通るわけはなく、「いいからいいから、行こ?」の一言で流されてしまった。


 そうして移動してきたのが安土桃山風のこの世界なのだけど、どうやら雨ごいの儀式の真っ最中に出くわしてしまったらしい。


 よぞらが目を凝らして言った。「しかも独鈷杵どっこしょみたいなの持ってない?」


「独鈷杵ってなにさ」


「どっかの宗教の祭具? みたいなやつ」


「何で知ってんの?」


「響き可愛くない? どっこいしょ~みたいで」


 知らんが。


「おお、神様。我らの祈りを聞いてきてくださったのですね。ありがとうございます。ありがとうございます………」


 僕らの目の前には禿頭とくとう白髭のお爺さんがいた。下にいる村民に比べて身なりが上等だった。どうやらこのお爺さんが村長らしい。


「私はこの村の長。ベルマンと申します。長きにわたる不作と日照りに地は枯れはて、村人は日に日にやせ衰えていくありさま……しかしあなた様が来てくれたならもう安心だ! 地下王国エル・ドラドより顕現けんげんした豊穣の神様! さ、その素晴らしいご神力で雨を降らせてください!」


 ベルマンと名乗った村長が声を張り上げた。骨と皮だけのやせ細った身体なのに、下の村民にもハッキリと聞き取れるくらいの大音声だいおんじょうであった。


「うおおおおおおおお!」


 村民も拳を振り上げて村長に応える。


「これは……言う事を聞くしかないのだろうけれどマズイ事になったね。雨なんて降らせられるわけないよ」僕は小声で話しかけた。


「う~~ん、あたし的にはさぁ、メリットが無いのよね。メリットが。あの人たちを救った所であたし達が助かるわけじゃないんだから、別に助けなくてもいっかな~って思うけど」


「メリットぉ? そんなの何とでも言えばいいだろ。それよりも問題は、引き受けてしまった事なんだよ! どうすんだよこの状況! みんなもう期待満々で、助かったと思ってる顔をしてるよ。これで実はできませんでしたなんて言い訳が通用すると思うか?」


 僕達は声をひそめて話し合った。しかしよぞらの言葉はどうも的外れなようである。現実味が無いというか、楽観的というか、まるで雨を降らせるのは朝飯前みたいな態度なのだ。


「別に雨なんて降らせる必要無いっしょ」


「は? この状況。お前が降らせないとどうなるか分かんないぞ。ペテン師扱いされて拷問でもされたらどうする?」


「でもぉ、雨降らせたって一瞬で乾いちゃうよ? それよりもさぁ」


 よぞらはそこで言葉を区切ると高台から飛び降りた。「こーする方が手っ取り早い!」


「よぞら!?」


「ほら、これでどーよ!」


 僕と村長が慌てて高台の下を見ると、なんと高台の下に水たまりができていた。高台のすぐ左隣には畑があった。およそ縦が50メートル。横が30メートルくらいの大きな畑だった。たくさんの作物が育てられているがどれも枯れかけているらしく、茶色くしなびている。種類ごとに区分けされているのかパソコンのキーボードみたいに大小さまざまなうねが間隔をあけて作ってある。


 高台の下に出来た水たまりはそんな畑に侵食していく。等間隔に並んだ畝の間に、ドミノ倒しみたいに水が伸びていく。干からびてヒビの入った大地はスポンジみたいに吸収した。


 どこから水が出てきているのかと見渡すと、地上から1メートルくらいのところに水源があった。


 よぞらがゲートを作っており、その空中のゲートからダムが決壊したみたいに勢いよく水が噴出しているのだ。


 村長がすぐさま駆け下りて畑に這いつくばった。


「おお、水だ……水だ! みんな! 水が湧いたぞ!」


「どじゃ~~ん、ふふ。ナイアガラの滝と繋いだよ。あのおっきな滝は毎秒60万ガロンの水が流れてるんだって。そんなにたくさん流れてるなら、ちょっとくらいもらったって誰にも気づかれないよね」


「……なるほど。あの水の勢いも滝からとってるなら納得だ」


「へっへ~ん。どう? すごい?」


 よぞらはそう言ってニッコリほほ笑むが、ナイアガラの水をまともに浴びたよぞらは制服が透けていた。真っ黒いブラがくっきり見えている。


「まあ、すごいな……その胸」


「はぁ?」


「村長さんがこっちに来る前に早く帰ろう」


 僕はよぞらの手を引いた。それでようやく自分の状況に気が付いたらしい。


「ひぇあ………」


 と、顔を真っ赤にしてゲートを開いた。


 行き先は彼女の部屋だった。着替えを用意するためである。

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