第4話


「う、うおおおおおぉぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!」


 よぞらのゲートに触れた瞬間。僕はどこかへ引き込まれるような力を感じた。獣のような力だった。人間にはとうてい抵抗できないようなものすごい力が僕を引っ張ってどこかへ連れて行こうとしている。右に左に、強烈な浮遊感を伴って揺さぶられる。まるでめちゃくちゃにシェイクされるスノードームの中にいる気分だった。


 長時間の移動でなかったのは幸いだ。もう耐えられないと思ったとき、その力は唐突に消えた。どこが上なのか下なのかも判別できないまま、僕は引っ張られる勢いそのままにどこかに叩きつけられた。ざらざらした砂利と石の冷たさを感じた。もう少し長ければ僕は吐いていた事だろう。異次元空間に吐しゃ物をまき散らさなくて良かった。


「―――うっ、おえぇ……いてて……ひどい目にあった…………また、来てしまったのか」


 石造りの塔に僕達はいた。塔はかなり高いらしく、山のテッペンを撫でるように流れる薄い雲が僕らと同じ高さを流れていた。どうしてこんな高い所にいるのだろう。飛行機に乗った時はテンションが上がる光景だけれど、あれは飛行機に乗っているから楽しいのだ。何も分からない今は恐ろしい。


 僕はとにかく辺りを見回した。どうやらここは半径十メートルくらいの円形の小部屋になっており、塔の上部にある部屋と思われる。しかし出入口らしきものが見当たらない。ここからどうやって出たものかとまた辺りを見回していると、その僕の首筋にチャキッと、冷たいものが触れた。


「とはいえ来てしまったものは仕方がない。少し早い夏休みの旅行だと考えれば異世界もあんがい――――――――」


「貴様。何者だ? どうやってここへ来た?」


「………え?」


「やっべ、ごめ~~ん………ちょっとやばいとこに出ちゃったかも……」


「は? どういうことだよ」


「後ろ………」


 よぞらが僕の後ろを指さして二歩あとずさった。「それ、やばくない?」


 そこにいたのは禍々しい鎧に身を包んだ、見るからに異世界の住人らしい人間だった。真っ黒い鎧だった。ふちに添うように紫色に光るラインが走っている。ゲームでいうなら終盤で登場するボスキャラクターのような風格と威圧感を放つ鎧の男が、僕に剣を突きつけているのだ。


 その剣もたいへん恐ろしかった。僕たちの身長より長い刀身。刀身の幅もよぞらの腰回りほどある。なんだか禍々しい形の突起が不規則に生えているし、鎧同様に紫色に光るラインが走っている。


 どうやら僕達の旅路はここまでらしい。読者諸君、さようなら。


「貴様ら、どうやって来たのかと訊いている。ここは出入口が一つしかないのだぞ」


「え、え~~と~~……ま、迷いこんじゃって……ははは…………」僕は震える声で答えた。


「迷い込んだ? 出入口は俺の後ろにある階段だけなのだがな」


「あ、そ、そうなんですねぇ……シラナカッタナー」


 体の震えが止まらない。コイツはヤバいと身体が危険信号を出している。


「とぼけて時間を稼ごうとしているのなら無駄だぞ?」


 鎧の男が剣を振り回すと発泡スチロールみたいに石造りの床や壁が削れていた。文字通り粉微塵である。これが直撃したら……考えたくもない。


「こうなりたくなければ大人しくするんだな」


「や……やばいよ、どうすんだよ、よぞら!」


「え、え~~と~~~」


「えっとじゃなくてさぁ!」


 僕はよぞらの肩を掴んで揺さぶった。


 これだから異世界に来たくなかったのだ。異世界といえばチート能力が基本セットになっている。普通の人間が適応できるわけが無いのだから仕方のない事だ。それは女神からもらったり、その他さまざまな手段で手に入れたりするのだけど、よぞらが与えてくれるわけがない。「ど~~すんだよぉ!」


「どうしろどうしろって、あんたもちょっとは考えなさいよぉ!」


「お前のせいだろーがーーーーー!」


 開き直って逆ギレするよぞらに僕がキレるという最悪の事態である。


 こんなことをしていても助かるわけがないのは分かっている。でも、僕の頭は空転するばかりで助かる方法なんて考えられなくなっていた。こういう時にチート能力でもあれば話が変わってくるのだけど、あいにくご都合主義の世界ではない。


「答える気があるのか、ないのか。どっちなんだ?」


「ほらどうすんだよ、怒らせてしまったじゃないか!」


「あんたがうるさいからでしょ! なんでもかんでもあたしのせいにするんじゃない!」


「ええいうるさい奴らだ! 答える気が無いのなら死ねい!」


 鎧の男が剣を振り上げた。その次の瞬間。


 何が起こったのか?


 僕には理解できなかった。


 僕の目には剣を振り上げた鎧の男が姿を消したように映ったのだけど、そしてそんなことが可能なのはよぞらのゲートなのだけど、でも、彼女が能力を使う瞬間を一度も見なかった。素振りさえなかったし、僕と一緒に慌てていたように見えた。


「ふぅ~~~。や、危なかったねぇ。ナイス時間稼ぎ!」


「いや、え……? いまアイツ消え……?」


「うん。消したよ」


 よぞらは事もなげに言って、石造りの床の一部を指さした。


「あそこの床の一部だけを火山灰が降り積もってる世界と繫げたの。あたしの力って四角にしか作れないんだけど、同じ灰色だからちょうど良かったわ~~」


「は………?」


 床の一部を別世界と繫げた? そんなことが可能なのか? 小説に作る事ができるくらいだから可能なのかもしれないけれど、釈然としない思いはあった。


「おし。気を取り直して別の世界にいこ~ぜ。ここ高すぎて降りんのダルいしさ」


「え? 移動すんの? ここから?」


「うん」


 そう言ってよぞらは別の世界行きのゲートを作った。彼女がいつの間にゲートを作ったのかとか、何を考えているのかとか、そういうことはサッパリ分からなかったけれどたった一つ分かる事がある。


 それは………


「じゃあ最初から移動用のゲートを作れば良かったんじゃあないのかーーーー!?」


 と、いう事だ。


 よぞらは「……てへっ」と舌を出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る