第3話


 僕の幼馴染は昔から変なヤツだった。学校の屋上から飛んでも平気だと言って飛び降りた事がある。それはまだ小学生の時分の話。夜の中学校に忍び込んで、屋上に上がり「ここから飛び降りてみせる!」と豪語するものだから僕はつい「できるものか」と言った。


「あたしならできるもん」


「危険だよ、こんな高さだ。怪我どころじゃすまないよ」


「いいからそこで見てて。下に着いたら懐中電灯で照らすから」


 その中学校は三階建ての古い建物だった。下はコンクリートで植え込みや植木の類もない。


「やめなって。危ないよ」


 しかし彼女は飛び降りた。ほどなくして懐中電灯の光が見えた。なぜか右の二の腕を怪我していたことを覚えている。


 宿題を持って帰らずに終わらせると言ったこともあった。白紙のまま学校に残して帰り、家で触ることなく終わらせると言うのである。


「絶対出来るわけないと思ってるなら、一緒に泊まってもいいよ。あたしは宿題を触らずに終わらせるから」


 僕達の家は隣同士なので、彼女の家に帰ってから荷物を纏めるさまを見届けて僕の家にいった。ゲームや本を読んだりして過ごし、彼女は本当に宿題を触らなかった。それなのに翌日学校に行くと宿題が終わっていた。とても不思議な事だと思っていたけれど、計算を間違えて怒られていたからあまり羨ましいとは思わなかった。


 そのほか、僕の入浴中に水着で現れた事がある。シャワーを浴びながら鼻歌を歌っているとバスタブの縁に腰かけてニヤニヤ笑っていた。風呂場の鍵は閉まったままだったし、家族に聞いたら、入ってきていないという。


「ふふん、ゆう君がお風呂で歌う癖があるの知ってるよ。だから時間はすぐに分かった!」


「何でもいいから出ていけ。僕は裸なのだ」


「あたしは水着だも~ん」


「見れば分かるよ。しかもスク水かよ。期待して損した」


「あれぇ~? もしかして、あたしの裸が見たかったの? いやん、えっち」


「人の裸を見に来たヤツに言われたくない」


「驚かせに来ただけですぅ」


 中学生のときの話だ。


 一緒に風呂に入ったこともあるし、海水浴に行った車の中で一緒に着替えたこともあった。お互いに裸なんて見慣れているのだけれど、こうして不意を突かれると妙に負けた気分になる。でも、僕には瞬間移動なんてできないし、見に行っても大したものが見られるわけではないのだから、言いたいように言わせておいた。


 異世界に初めて行ったのは中学二年生の頃だった。よぞらが突然「ねえ、こんな事できるよ!」と言って異世界へのゲートを開いてみせた。山奥にキャンプにでもいく見たいに僕らは異世界で野宿をした。とても楽しかったけれど、家に帰ったら三日が経っていた。両親や学校の先生にしこたま怒られた。それ以来異世界に行こうとは思わなくなった。


 周囲の人間はみな彼女を変だという。普通の人にできるわけがないとか、何をしているのか分からなくて怖いとか、大人も子供も彼女の両親でさえも、同じように非難した。


 彼女はいつも寂しそうに笑った。みんなを怖がらせようとしているわけではなかった。ただ、できるからやっているだけなのだ。彼女にとっては玄関のドアを開けるように出来る事なのに、どうして怖がられるのだろう。それは理解してもらえない寂しさだった。僕は理解しているわけではないのだけれど、それが当たり前だったから考える事もなかった。


 そんな少女時代を過ごしたせいで、高校に入るころには瞬間移動をする事も無くなった。


 自分の普通はみんなの普通じゃない。みんなの普通じゃないと爪はじきにされる。社会の悲しい習慣を自然と体得していった彼女は上手く高校生活に馴染んでいるように見えた。友達が増えたし、休み時間を寝て過ごす事もなくなった。


 少なくとも僕の目には自分の人生を歩み始めたように映っていたのに、どうして自暴自棄になってしまったのだろうか。


 高校一年生の夏休みを目前にしたある日。彼女は僕にこう言った。


「あたしの初めてを奪うか、あたしと遠い世界へ逃げるか、いますぐ選べ」

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