第2話


 よぞらはベッドに寝転がって漫画を読み始めた。膝を立てているからカルヴァン・クレインとやらのパンツが丸見えである。色気もへったくれもない。そもそもよぞらは僕の前だと女子であることを忘れるのだから色気を感じるはずもないだろう。彼女は漫画から顔を外すさずに話しかけてきた。


「ねえ異世界行こうよ。今度は楽しいから」


「嫌だ。僕はもう行かない」


 僕は読みかけの小説を開いて顔を覆った。幼馴染の下着ごときで発情するような僕じゃない。おへその右下辺りにホクロがある事だって知ってるのだ。いまさらそんなことで興奮するもんか。


「ているか、パンツが見えてるってば。目に毒だから隠せ」


「も~また見てるの? えっちだなぁ」


「見たくなくても目に入るんだ。角度的に」


「言い訳乙。見せパンだから見られてもいいも~~ん」


「そういう話じゃない」


 僕は顔をしかめてよぞらに背を向けた。よぞらも本当に気にしていないのか、また、異世界に行こうと言い出した。


「こんな漫画より絶対面白いよ? 本物のエルフに本物の騎士。美少女たちがあんたをチヤホヤしてくれるし、魔法も本物。ドキドキワクワクの冒険が君を待っている!」


「そんなゲームの広告みたいに言われてもなぁ」


「魔物も本物だから襲われたらめっちゃ怖い!」


「じゃあ行かねーよ!」


「ねえなんでぇ!?」


 よぞらがベッドから飛び起きた。


 彼女はいつも強引だ。怖いと言われて行きたくなるヤツがどこにいるのだ。


「行こうよぅ……ぜったい楽しいよ。今度はちゃんと守るからさぁ」


「行かない。僕は漫画で充分だ」


「むぅ……ケチ!」


 よぞらの困った癖の一つにすぐに異世界に行きたがるというのがある。親と喧嘩したら異世界に行こう。友達と喧嘩したから異世界に行こう。口ぐせのように異世界に行こう異世界に行こうと駄々をこねるのだから困ったものだ。


「いいもん! 陰キャといったって楽しくないし!」


 よぞらはついに漫画を放り投げて背を向けた。ふて寝である。死んだようにピクリともしないが、こうすれば僕が構ってくれると思ったのだろうか。


(つつくとうるさいし、しばらく放っておくか……)


 僕は小説に目を落としたが、しかし、よぞらの復活は早かった。


 むっくり起き上がると突然のどが渇いたと言い出した。


「喋ってたらのど乾いた」


「……はい?」


「のーどーかーわーいーた! ジュースちょうだい!」


「いいけど……帰ってきたらゲート作ってるとかないよな?」


「ないない。絶対ない」


 彼女は何度も首を振るが、この手のたばかりを平然と使うよぞらである。


「本当に、作らないんだな?」


 僕は何度も念を押した。


 ジュースを取りに行っている間に異世界に繋がるゲートを作っておくなんてことはよぞらにとって朝飯前だ。ドアをゲートに作り替えたり、落とし穴のように床に仕込んでいることも考えられる。


 だから何度も念を押したのだけど、手遅れだったようだ。


「あたしは、、作らないよ」


「もうって、おい……お前まさか!」


「だってもう異世界へのゲートが出来上がってるって事だよ! 小説! 触っちゃったね~」


「なんだって!?」


 小説に目を落とすと、文字が並んでいるはずのそこには見慣れない景色が広がっていた。彼女の能力にサイズなんて関係ないらしい。


「ふふ~ん、れっつごーーー!」


「い、いやだぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!」


 よぞらは僕に抱き着くとその勢いのまま異世界へのゲートに飛び込んだ。


 小説は僕らを吸い込むと、パタンと音を立てて椅子に落ちた。


 今にして思えばコレがすべての始まりだった。彼女が異世界に行こうと言い出したせいで、現実世界も異世界も関係なく命を追われる羽目になったのだ。

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