もし明日異世界にいけるとしたら?
あやかね
第1話
こぉーー………ぉぉぉぉーー……ンん。
世界を
空間に亀裂が入る。バラバラバラバラと本が風にめくれるような音とともに、列車の窓のように様々な景色が視界いっぱいに流れていく。右から左に、ゴッホやモネの画集をごちゃ混ぜにしたように流れていく。
それが
「もし明日異世界に行けるとしたら、どうする?」
彼女はいつも、そうやって笑うのだった。
☆ ☆ ☆
僕はよく勘違いされるのだけれど、決して陰キャではない。なぜなら人と話すのは好きだし、身体もよく動かす。面倒くさいからしていないだけだ。僕の人となりを知らないのに陰キャだと言うヤツとは仲良くしたくない。僕の人となりを知ってわざと陰キャだと言うヤツとはもっと仲良くしたくない。
天ヶ瀬よぞらは幼馴染のくせにわざと呼ぶから大嫌いだ。
「おい、陰キャ」
「なんだよ超能力者」
「あたしの事を超能力者っていうな」
「僕の事を陰キャっていうな」
それは夏休みを目前にしたある放課後の事だった。学期末試験も終わって浮かれたムードが漂う中、よぞらがいきなり話しかけて来た。
彼女は僕の机を叩くなり「あたしの初めてを奪うか、あたしと遠い世界へ逃げるか、いますぐ選べ」といきなり言った。
「いきなり何の用? もう帰るんだけど」
「いいから選べよ。どっちが好み?」
「めんどくさいって言ったら?」
「殺す」
よぞらはそう言うと、向かいの席の背もたれに腰を下ろして机に手を突いた。金髪ショートに三白眼。小顔で鼻も小さくて、肌も白いからナチュラルメイクで美人になれる。カーディガンのあまった袖を手首あたりでまくり、短いスカートから黒い下着がチラリと覗いていた。
こんなのが男子に人気なのだから、みんな目が腐っていると思う。
「はぁ~あ、昔はもっと可愛いヤツだったのになぁ。どうしてこうひねくれてしまったんだか」
「おい、パンツが見えてるぞ」
「カルヴァン・クレイン。可愛いでしょ」
そう言ってよぞらは挑発するようにスカートをピラピラ揺らした。黒地に小さな白い星がいくつもあしらってある。可愛いとは思う。
彼女は今でこそ生意気で怒りっぽいけど、昔はもっと愛嬌があった。「ゆう君、ゆう君」なんて呼んで僕の周りを子猫のように跳ねていた。口調も優しかったし、いつも
天ヶ瀬よぞらは高校入学を
僕は椅子から立ち上がって言った。
「新しい友達がたくさんできて、高校生デビューが無事に済んだんだから満足だろ? 友達が欲しいっていつも言ってたじゃないか」
「ねえどうなの? あたしの身体に興味ない?」
「今の生活のどこが不満なんだって話をしてるんだ。事あるごとに僕のところにきやがって。知らない世界に逃避行しても手ごろな男で済ませても、逃げてばかりじゃ君の世界はなんにも変わらないぜ」
「あ、異世界の方がいい? でもごめんね、チートはあげられないんだ」
「バカなこと言ってないで帰るぞ」
僕はよぞらにデコピンを喰らわせた。「みゃんっ」と猫のような声で鳴いた。
この天ヶ瀬よぞらは不法侵入の常習犯である。彼女は超能力者だから鍵のかかった部屋の中だろうと簡単に入ることができる。僕達の家は隣同士だけれど窓が向かい合っているわけではない。それなのに自由に出入りできるのは彼女の超能力があってこそだ。
「うわー、あんたの部屋きたなー。ちょっとは掃除したら?」
「いきなり押しかけてずいぶんな物言いだね。せめて靴は玄関に持ってってくれよ」
「へいへーい」
「……ったく」
ところで、僕はさきほど超能力という言葉を使った。さも読者諸君がよぞらの能力を知っているかのようにこの言葉を使わせてもらったけれど、いったいどんな能力なのか? 分からない人もいると思う。でも、すでに諸君はよぞらの能力を見ているのである。
少し説明しよう。
僕とよぞらの会話を上記のように記述した場合、読者諸君は学校でのやり取りと僕の部屋でのやり取りを分けて考えるだろう。二つのやり取りの間には時間的な隔たりがあって、その空白の部分は話の都合上割愛されたと判断するものと思う。ところがどっこい、この二つのやり取りの間には時間的な隔たりが全くないのだ。
すなわち、これは小説のレトリックなどではまったく無く、天ヶ瀬よぞらの超能力がゆえにこう記述せざるを得なくなっているという事である。
彼女は遠く離れた場所へ瞬時に移動する事が出来るのだった。
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