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 そうして、何時間が経ったのでしょうか。あたくしが眠っている時間は長かったのかも短かったのかもわかりません。

 あたくしの隣には、いつもの看護婦がおりました。腕にはあの赤子を抱えておりました。赤子は、我々では理解ができそうにない言葉で、泣いているようでした。

「ドクター。この子の産みの親は残念でなりませんが、子どもは無事にお生まれになりましたよ」

「……」

 あたくしは、どう声をかければ良いのかわかりませんでした。

ですが、看護婦は嬉しそうに赤子をあやしているのです。赤子がどういう存在であるのかを理解わかりきっているように。

「無事に生まれて良かったですわ。わたくし、この子の誕生を心待ちにしておりましたの。イエイエ、この子だけではなく、他の生命いのちの誕生も心待ちにしておりますわ。お父様が授けてくださった子ですもの」

 ここであたくしは奇妙な事実に気がついたのです。気が付くべきではないことに。

 あたくしは、この看護婦が、、思い出せずにいました。

 いつから、あたくしの側で、あたくしと共に医療に従事しているのかも、いつから他の看護婦と仲良く話しているかも――まったく記憶に無いのです。

 ですが、ということは認識しておりました。

 だからこそ、ずっと側にいてもらっているのです。まったく知りもしない女を側に置いているとなれば、信用問題になるでしょうし、こちらも気味が悪いものです。

 これは一種の記憶障害で――きっとあの恐怖で抜け落ちて――――だとすれば、彼女は病院の真っ当な看護婦であるからにして――もしかすると――彼女が抱いている赤子も人間で間違いないのでは?

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