5

 男を入院させてから数日後のある夜。彼は悪夢に襲われているようで耳をつんざく絶叫が病室から聞こえたのです。

 あたくしは鎮痛剤を打とうと彼の部屋へ向かったのですが、ベッドで暴れている彼の腹の中で、何かが――胎児であることはわかりきっていますが――、動いているようでした。その動きは異常に速く、力強かったのです。苦痛に歪む彼の顔を見た刹那、あたくしはすぐに手術室の準備を命じました。

 すぐに看護婦達が手術室の準備を整えてくれました。どういった手術をするか、どういった病の患者であるか、そういった情報を共有したところで、彼女達は苦笑いを浮かべるだけでした。

 しかし、手術をしなければならない――あたくしの心が何かを急かしているようでした。暗い部屋の片隅――闇の隙間から、背中を撫でるようにして押されている感覚がします。

 鎮静剤で落ち着かせた男をストレッチャーに乗せ、あたくしは手術室へ急ぎました。

 手術室へ運ばれる途中、意識が混濁しているはずの男は不気味な笑みを浮かべて「彼らが来る、彼らが……」と呟きました。それから、ガックリと首を横に倒したのです。

 その言葉に悪寒を感じたあたくしは、急いで手術を始めました。あたくしの助手には、いつもの看護婦がついてくれました。

 手術開始時には、男は既に心停止状態でした。マッサージを繰り返しても、電気ショックを与えても、彼の心臓がもう一度動きだすことはありませんでした。

 胃の中の胎児がどうなっているか――考えている余裕はありませんでした。

彼の体が激しく揺れ始めたのです。このままだと、体を突き破って出てくる――脳の片鱗では、そのような妄想が描かれてしまいました。それはホラー映画のようであり、パニック映画のようでもありました。

「ドクター。メスを」

「……」

 看護婦があたくしにメスを握らせました。

 ――切るしかない。

 心を強く持ち、あたくしはメスを突き立てました。

 ぷつり、ぷつり、と皮膚に血が浮かび、メスを縦に走らせるとツーっと綺麗にぱっくり裂けました。

 まっすぐに胃を露出させると、胃の中で蠢くものが見えました。

 やがて、それは徐々に形を成し、現れたのは――人間というのも烏滸おこがましいかもしれない――けれど、その頭は人間のものではなく――既にぱっちりと開いた目の瞳孔は、大地に対して水平に裂けていて――まるで山羊のような――――いえ、山羊でした。山羊の頭に人間の体を持ったソレは無限の闇を見つめているようでした。

 助手をしている看護婦は「アラアラマアマア! 可愛らしい男の子でございますわ!」と声をあげ、名状しがたき異形の子を取り上げていたのです。

 あたくしは目眩に襲われました。きっと、この「胃中胎児」は、単なる医学的現象ではなく、別次元からの侵略者の前触れだったに違いありません。ならば、ここで侵略者を殺さなければ、あたくし達人類の未来が消えてしまう。

 あたくしはメスを看護婦の腕の中へ突き刺しました。

 しかし、その刹那――彼方かなたを見つめる瞳が――あたくしの意識をごっそりと奪ったのです。

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