7
あたくしは深呼吸を二度繰り返してから、看護婦の腕の中を覗きこみました。
「ホラ、赤子というものは、とても可愛らしいものでございましょう。わたくし、子どもの世話が好きでございますから、今、楽しくって仕方ありませんの」
あたくしは身動きが取れなくなりました。何処にも力が入らず、
看護婦が抱いている赤子の頭は、山羊にそっくりでした。イイエ、そっくりの域を超えているのです。山羊の頭に人間の体がついているのです。やはり、見間違いではなかったのです。
看護婦の赤子に対する愛おしい眼差しがよりいっそう、あたくしの心に恐怖を刻み込みます。
「ドクター、赤子が泣いておりますよ。どうか、抱いてあげてくださいませんか? お父様も、それをお望みでございましょうから」
看護婦が微笑みながら赤子を差し出しました。彼女の目は赤と緑に輝き、不気味な光を放っていました。
あたくしは、体が凍りついたように動けませんでした。赤子を受け取ることもできず、見つめるだけ。
赤子の目があたくしを見据えました。その瞳の奥には、底知れぬ闇が広がっているように感じます。
「お父様というのは……いったい……? 先日この子を産んだ男ではないんですよね……?」
あたくしはやっとの思いで声を出しました。問いかけずにはいられませんでした。
看護婦の言う「お父様」という存在が何であるのか、はっきりさせる必要があるとあたくしの中で感じられたからです。
彼女は少しも動じることなく、優雅な笑みを浮かべながら答えました。
「お父様は、古き神々の中でも、最も偉大なお方でございますわ。美しき死を捧げるために、新たな生命を育んでおられるのです。こうして、愛おしい子が産まれてきたではありませんか」
看護婦が冗談を言っているようには見えませんでした。
現実味の無い全てを受け入れることを脳が拒絶しているようでした。この拒絶があるからこそ――あたくしはまだ狂わずにいられる――そう感じることさえできました。自分のことであるのに、さも他人のことのように感じるのです。自分という存在から離れた第三者であるならば、この状況をどう理解するのでしょう。理解できずに、脳が理解を拒絶するのでしょうか。
「抱いてあげてくださいませ。この子に、人の優しさと
看護婦は再度赤子を差し出してきました。
赤子の手があたくしの腕に触れた瞬間、あたくしの心に底知れぬ恐怖と共に、奇妙な安心感が広がっていくのを感じました。あたくしはそのまま赤子を受け取り、抱き上げました。
顔の筋肉がゆっくり
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