第一章 落第から始まる新たな物語 1

ルミナは試験会場の冷たい空気の中、試験官の声をただ聞いていた。


「ルミナ・フォーサイト、残念ながら、合格ラインに達しませんでした。規定により、あなたは退学となります。」


その言葉が、彼女の頭の中で何度も繰り返される。すべてを理解しているのに、まるで夢の中にいるような気がした。足元が不安定になり、軽いめまいを覚える。ここまで必死に努力してきたのに、そのすべてが無に帰す瞬間だった。


セリオス魔法学園には厳しい規則が存在する。毎月行われる試験で、2回連続で赤点を取ると即退学となるのだ。学園に入学したばかりのルミナ・フォーサイトは、入学からわずか数か月でこの厳しい現実に直面していた。彼女は筆記試験では優れた成績を収めていたが、実技試験での魔力量の不足が原因で、2回連続で赤点を取ってしまい、ついに退学が決まってしまった。


試験官の視線がルミナに注がれていた。彼は重々しい声で続けた。


「ルミナ、君は他の生徒と比べて明らかに魔力量が少ない。しかし、その魔法の構成力や技術は非常に優れている。私たちも、君の潜在的な才能を認めているんだ。」


そう言われても、ルミナにはその言葉がただの慰めにしか聞こえなかった。彼女は頭を少し下げ、息を詰まらせながら試験官の言葉を待った。


「規定により、この結果をもって君は退学処分となる。しかし、ルミナ、再試験を受けることはできる。君には再挑戦する権利があるんだ。」


試験官の言葉には誠実さがこもっていた。彼もまた、ルミナの才能を惜しんでいるのだろう。それでも、ルミナにはその優しさが痛かった。彼の声は届いているのに、その言葉の重みが彼女の心に響くことはなかった。


(再試験…。)


頭の中でその言葉を繰り返してみるが、今はそれどころではない。退学という現実が重くのしかかり、心が何かに押し潰されそうになっていた。視界がぼやけるのを感じたが、涙をこらえようと必死だった。ここで泣いたら、すべてが崩れてしまう。


「ルミナ、君には大きな可能性がある。どうか諦めないでくれ。次の試験で必ず結果を出せるはずだ。」


試験官は続けたが、ルミナの頭の中にはもうその言葉が響かなかった。彼女はただ深く頭を下げ、試験会場を去ることだけを考えていた。


「ありがとうございます。」


かすれた声でそう言ったが、自分でもその言葉が信じられなかった。試験官の優しい目線が背中に感じられたが、ルミナは振り返ることなく、会場を後にした。


寮の部屋に戻ると、ルミナはすぐに荷物をまとめ始めた。まだ何も考えられない。ただ、無心で鞄に服や魔法書、杖を詰め込んでいく。部屋の静けさが彼女の心の中にまで染み込んできて、次第に現実が押し寄せてくる。


(退学…。)


その言葉が何度も脳裏に浮かんでは消え、胸が締めつけられる。学園に入学したときの喜び、仲間たちとの思い出、すべてがこの一瞬で消え去ってしまう。


ルミナは机の上に置かれた魔法書を見つめながら、その現実を受け入れられずにいた。彼女は努力してきた。誰よりも練習を重ね、魔法の理論を頭に叩き込んだ。それでも、決して超えられない壁が目の前にある。それは、自分の「魔力量」だ。


(どんなに頑張っても…魔力量だけは、すぐには増やせない。)


その冷たい事実が、彼女の心を容赦なく刺した。魔力量は、生まれ持った資質のようなもので、短期間で劇的に伸ばせるものではない。彼女がどれだけ努力しても、それが覆ることはなかった。周囲の生徒たちは次々に強力な魔法を繰り出し、彼女はその度に自分の力の限界を思い知らされた。


魔力量が少ない。それは魔法の世界で致命的な弱点だった。


(頑張っても、足りないのか…。)


彼女は魔法書を手に取り、軽くページをめくった。そこには、今まで必死に覚えた魔法の構成や呪文がびっしりと書き込まれていた。それらが無意味に思えてしまう。どれだけ正確な魔法構成を描いても、魔力量がなければ、その威力はたかが知れている。学園での実技試験では、それがはっきりと結果に現れた。


(私は、どうすれば…?)


窓から見える学園の景色は、いつもと変わらない。明るい日差しが降り注ぎ、庭で談笑する生徒たちの姿が見える。だが、その光景に自分がもういないことを思い知らされ、また涙がこぼれそうになった。


部屋の片隅に置かれた杖を見つめる。師匠クロエから譲り受けた大切なものだった。魔法を志した日々を思い返すが、今その思い出すらも遠い過去に感じられる。


(再試験…。本当にもう一度挑戦するべきなの?)


ルミナの心には、次の一歩を踏み出す勇気がなかった。彼女は無言のまま部屋を後にし、学園の門に向かった。


学園の門を出ようとしたその時、背後から冷たい声が聞こえてきた。


「あら、もう出て行くの?ずいぶんと早かったわね。」


振り返ると、そこにはカーラ・ヴァレインとその仲間たちが立っていた。カーラの鋭い目がルミナを捕らえ、彼女はわざとらしい笑顔を浮かべていた。


「結局、魔力量が足りなければ何をやっても無駄だったわね。こんなところで学んだって、何の意味もなかったじゃない。」


カーラの言葉に、周りの仲間たちがクスクスと笑い声をあげる。ルミナは拳を強く握りしめたが、何も言い返すことはできなかった。


「まあ、また試験を受けるの?でも、次もどうせ同じ結果でしょうね。魔力量が少ないままじゃ、何をやっても無駄なんだから。」


カーラは嘲笑を隠さず、ルミナにさらに追い打ちをかけた。彼女の仲間たちも、それに続いて冷たい視線を送り続ける。


「まあ、頑張ってね。また失敗する姿を見るのも悪くないし。」


その言葉を聞いたルミナの心には、冷たいものが流れ込んできた。しかし、彼女は何も言わず、ただ一歩を踏み出し、カーラたちを無視して学園を出ていった。悔しさと絶望感が心を締めつける。


(次は、絶対に負けない。)


ルミナは心の中で固く決意した。涙は流さない。彼女の中で、新たな覚悟が生まれていた。

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