プロローグ 魔法学園入学試験編 4

 カーラの対戦が終わり、次の受験生がサイラスと対戦している最中、ルミナは自分の出番を待ちながら、隣に立っているノエルに目をやった。ノエルは無表情でサイラスの戦いを見つめていたが、ルミナはその瞳の奥に強い感情が渦巻いていることに気づく。


「すごいね、サイラス様って…」


 とルミナが小さな声で話しかけると、ノエルは一瞬だけ彼女を見た。


「…うん、すごい。」


 その短い返事に、ルミナは何かが引っかかるものを感じ、もう少し話を続けてみることにした。


「ノエルさん、サイラス様と何か関係があるの?」


 ノエルは一瞬だけ目を伏せたが、やがて静かに口を開いた。


 「…昔、私の村が疫病で危なかった時、サイラス様が助けてくれたんだ。村の人たちがみんな病気で苦しんでたのに、彼とその娘さんが薬を作ってくれて、みんなを救ってくれた。」


 ルミナは驚きと感動で瞳を輝かせた。


 「そうだったんだ…サイラス様は憧れの人なんだね。」


 ノエルは小さく頷き、サイラスの方に視線を戻した。


 「そう。彼みたいに人を助ける魔法使いになりたくて、私も魔法学園に来たんだ。でも、彼が私をどう見ているか、少し怖い。」


 ルミナは優しく微笑んだ。


 「でも、ノエルさんはとても強い魔力を持ってるし、きっとサイラス様もその実力を認めてくれるよ。」


 ノエルは一瞬だけ、微かに笑みを浮かべた。


 「ありがとう。でも…やっぱり不安なんだ。私の魔力は強いけど、コントロールがうまくできない。だから、今の私の全てを彼に見てもらいたいんだ。」


 ルミナはノエルの言葉に真剣に耳を傾け、彼女の不安を感じ取った。


 「大丈夫だよ。私も自分の力に自信がないけど、ノエルさんが自分の全力を出せば、きっとサイラス様もそれを見てくれると思う。」


 ノエルはルミナの言葉を聞いて、少しだけ肩の力を抜いた。

 「ありがとう、ルミナ。話せて少し気が楽になった。」


 二人がその短い会話を終えると、現在行われている対戦が終わり、再び緊張が訓練場に戻った。ルミナはノエルが感じているプレッシャーを理解しつつも、彼女の決意が揺るがないことに感心した。

 そして名前が呼ばれる



 「次、ノエル・エヴァレット!」


 その声に応じて、銀髪の少女ノエル・エヴァレットが静かに立ち上がり、歩みを進める。彼女は一度深呼吸し、視線を前に向けた。目の前に立つのは、大陸最高の魔法使いと名高いサイラス・コードウェル。その姿を目にした瞬間、ノエルの心の中で眠っていた感情が急速に目覚めた。


 サイラスがゆっくりと彼女に視線を向け、穏やかな声で言った。


「よく来たね、ノエル。」


 その瞬間、ノエルの胸の中で何かが大きく揺れ動いた。彼が自分の名前を覚えていてくれた。その事実が、彼女の心に強く響いた。普段、感情を表に出すことが少ないノエルだったが、この時ばかりはその喜びを隠しきれなかった。無表情だった彼女の顔が、ほんの一瞬だけ崩れ、目の奥に驚きと感動が浮かんだ。唇がかすかに震え、目元が少し緩んだことに気づいた彼女は、慌てて顔を伏せようとしたが、すでにその喜びは抑えきれなかった。


(サイラス様が…私を覚えていてくれた。)


 ノエルの心に、温かく優しい感情が押し寄せた。彼女は深く頷きながら、サイラスに向かってゆっくりと歩み寄った。普段は無表情で、感情の起伏を見せない彼女だが、この瞬間だけはその感情が表に出てしまっていた。頬がかすかに紅潮し、瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。自分でも気づかないうちに、サイラスへの深い敬愛と感謝が、彼女の表情に色濃く浮かび上がっていた。


「よろしくお願いします、サイラス様。」


 声がかすれたことに気づき、ノエルは内心で恥ずかしさを覚えたが、それでもこの瞬間を噛みしめたかった。彼女にとって、サイラスは恩人であり、憧れの人。自分が今まで努力してきたことを、この人に見せることができる。それだけで、ノエルの心は満たされていた。


「よろしく。君の全力を見せてもらおう。」


 サイラスは柔らかな微笑を浮かべて彼女に応じた。彼の言葉がさらにノエルの心を震わせ、彼女は一層の集中を心に決めた。


 開始の合図が響くと、ノエルはすぐに魔法構成陣を描き始めた。普段はコントロールが難しいと感じる膨大な魔力が、今はしっかりと彼女の意思に従い、静かに流れ始める。まるで、彼女の心が清らかに整えられ、全力を発揮するための場が与えられたかのようだった。


 ノエルが魔法を解き放った瞬間、その場の空気が一変した。彼女の膨大な魔力が一気に解放され、周囲の受験生たちはその圧倒的な力に息を呑んだ。まるで空気が震え、地面が揺れるような感覚が広がる。


 巨大な魔力の流れがサイラスへと突き進む。サイラスもまた、彼女の魔力に一瞬驚きを見せたが、すぐに冷静さを取り戻し、彼女の魔法を受け止めるべく防御魔法を展開した。強力な魔法と防御魔法がぶつかり合い、衝撃で微かに地面が揺れる。防御魔法の障壁はかなりきしんだが、何とか持ちこたえた。


 ノエルは次の魔法を放つが、それも防壁を崩すことはできない。それでも彼女はめげずに威力を上げ、次々と魔法を繰り出した。すると、防壁がきしみ、ひびが入り、ついには砕け散った。


 その様子に受験生や他の試験官が驚きの声を上げる。しかし、サイラスは慌てず冷静に第二、第三の魔力防壁を発動させる。ノエルはさらに強力な魔法を次々と放ち、サイラスを追い詰めようとした。


 放たれる強力な魔法は、サイラスを追い詰めるかのように見えた。訓練場全体が彼女の魔力に包まれ、空気が震えた。だが、その膨大な魔力を完全にコントロールするのはやはり難しい。次第に彼女の魔法は暴走寸前となる。


「落ち着いて、ノエル。」


 サイラスの穏やかな声が響く。彼は軽く手をかざし、ノエルの魔力に自身の魔力を干渉させ、ノエルの魔法構成陣を整えて魔法の暴走を防いだ。


「よくやった、ノエル。」


 サイラスの優しい声が響くと同時に、ノエルの魔力は静かに収束した。ノエルは全身から力が抜け、膝をつきそうになりながらも、何とか立ち続けた。


 サイラスは歩み寄り、彼女の肩に手を置いた。


「君の魔力は素晴らしい。その力をもっと磨けば、君はきっと凄い魔法使いになれる。焦らず、少しずつ進んでいけばいい。」


 ノエルは息を切らしながらも、サイラスの言葉に感謝と喜びを感じた。普段は冷静で無表情な彼女の目に、今ははっきりと感情の色が浮かんでいた。


「…ありがとうございます、サイラス様。」


 かすれた声でそう言いながら、ノエルは静かに頭を下げた。サイラスは再び微笑み、彼女を優しく励ました。


「これからも、君の成長を楽しみにしているよ。」


試験が終わり、ノエルは疲労困憊ながらも満足感を胸に抱いて、静かにその場を後にした。彼女の心には、憧れの人に認められた喜びと、さらなる努力への決意が宿っていた。

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