プロローグ 魔法学園入学試験編 3

セリオス学園の入学試験もいよいよ最終段階に差し掛かっていた。次なる課題は「実技試験」。受験生たちは試験官との直接対戦を通じて、その実力と応用力を試されることになる。受験生たちはいくつかのグループに分かれ、それぞれ試験官と対戦する。


 試験会場は広大な訓練場で、周囲には魔法防御の結界が張り巡らされている。訓練場に現れたのは、ぼさぼさのブラウンの髪とブラウンの瞳を持つ、一見普通のおじさんのような試験官だった。しかし、その姿を一目見ただけで、受験生たちは彼の計り知れない実力を感じ取り、ざわめき始めた。


「あれは…サイラス様じゃないか?」 「大陸最高の魔法使いと名高い…!」 「本当にマジかよ…!」


 受験生たちの間に広がる不安と緊張の波。ルミナもまた、サイラスの名を耳にしたことがあった。彼は大陸最高の魔法使いであり、魔獣を狩るために大陸内外を問わず旅をしているという噂だ。


 サイラスは穏やかな表情で受験生たちを見渡し、響き渡る声で告げた。


「これより、実技試験を開始する。各自、私と一対一で模擬戦を行ってもらう。目的は私に一撃を与えること。全力を尽くし、自身の実力を示してほしい。」


 その言葉に、訓練場の空気が一層引き締まる。受験生たちは次々と名前を呼ばれ、サイラスとの対戦に挑んでいく。そして、ついに主要な受験生たちの番がやってきた。


 ルミナは食い入るようにサイラスと受験生たちの対戦を見つめる。この実技試験で何とか実力を証明したい。もう一人、真剣に対戦を見つめる者がいる。ダリウス・ブラックウッドだ。彼は集中し、小声でぶつぶつと呟いている。サイラスと受験生の対戦を見ながら対策を考えているのだろう。


 試験は概ねサイラスのかなり手加減した魔法で始まっていた。受験生でもかわしたり防げる程度の威力に抑えられた魔法だ。受験生が何とか魔法を防ぎ、その後反撃を試みるが、サイラスの圧倒的な実力に屈する場面が続いている。サイラスは最後にそれぞれの受験生に助言を与え、次の対戦者を呼び出していた。


「次、ダリウス・ブラックウッド!」


 黒髪をなびかせながら立ち上がったダリウスは、静かな闘志を内に秘めた眼差しで訓練場の中央へと進んだ。その姿勢は落ち着いており、周囲の期待と注目を一身に集めている。今回の受験で突出した実力を示しているダリウスと、大陸最高の魔法使いと名高いサイラスの対戦に、受験生たちから小さな歓声が上がる。


「よろしくお願いします。」


 短く丁寧に挨拶をするダリウスに、サイラスは満足げに微笑んだ。


「よろしく。君の実力、楽しみにしているよ。」


 開始の合図が鳴ると同時に、ダリウスは一瞬で魔法構成陣を展開した。完璧な魔法構成ではない。魔法発動に必要最低限の構成だけで発動までの時間を短縮する速射魔法だ。ダリウスの掌から魔法の光が溢れ、サイラスに向けて勢いよく放たれる。


 魔法発動までの速さに一瞬驚いたような表情を見せたサイラスだが、すぐに目を細めて微笑んだ。サイラスは瞬時に防御魔法を構築し、シールドを展開して防御する。ダリウスは奇襲が失敗したことを気に留めず、速射魔法を次々と打ち出す。先に攻撃して主導権を握り、そのまま圧倒する作戦だろうか。


 サイラスは防御魔法を展開し続けている。ダリウスは速射魔法を放ちながら左に走り出す。次の瞬間、ダリウスを中心に濃い霧が大量に発生し、視界を遮る。観客たちから戸惑いの声が漏れる。今までの対戦にはなかった展開だ。


 霧の中、ダリウスは方向転換し右に移動し、サイラスに位置を特定させないように動いている。霧の魔法には霧の中にいる人物の魔力を探知できる効果もあるため、ダリウスはサイラスの位置を特定できている。彼は走りながら魔法構成陣を展開し、最高火力の魔法を放つための準備を整えた。


 サイラスの背後に回り込み、一気に距離を詰めたダリウスは、叫ぶように魔法を発動させた。


「ウィンド・ブレード!」


 高密度の魔力を混ぜた風の刃がサイラスに向かって放たれる。発動と同時に霧が風に吹き飛ばされ、急速に消え去る。サイラスの背中が露わになる。ダリウスは背後から一気に斬りかかる。


 しかし、サイラスはくるりと振り返り、即座に魔法構成陣を組み上げ、同じ「ウィンド・ブレード」を発動させた。サイラスの風の刃はダリウスの攻撃を受け止め、次の瞬間、ダリウスの風の刃が吹き飛ばされ、強風が生じた。ダリウスは強風に吹き飛ばされ、体勢を崩す。


 観戦していた受験生たちは呆気に取られている。霧の魔法が現れた瞬間から何が起こったのか、理解できている者は少ない。


 サイラスは満足そうに頷きながら、言葉をかけた。


「これまで!素晴らしい。これほどの実力をこの若さで持つ者は稀だ。しかも、戦い慣れているね。」


 ダリウスは静かに頭を下げた。


「ご指導、感謝いたします。更に精進いたします。」


 サイラスは優しい笑みを浮かべ、続けた。


「君の未来には大いなる可能性を感じる。これからも努力を惜しまないことだ。」


 ダリウスは深くお辞儀をし、静かに他の受験生たちのところへ戻った。その表情は悔しさに歪んでいた。ルミナや他の受験生たちはその表情を見て、ダリウスが大陸最高の魔法使いと呼ばれるサイラスに勝つつもりだったのだと悟った。



「次、カーラ・ヴァレイン!」


 試験官の声が響き渡る。赤髪のショートカットの少女、カーラ・ヴァレインが立ち上がり、訓練場の中央へと進み出た。彼女の鋭い目つきには、自信と決意が宿っているが、どこか余裕も感じられる。周囲の受験生たちは、彼女の堂々たる姿に視線を向けるが、彼女自身はその視線を気にも留めていない様子だ。


 サイラスは穏やかな表情で彼女を迎えるが、その目には彼女の実力を見極めようとする鋭い光が宿っていた。カーラは一礼し、冷静な口調で挨拶をする。


「よろしくお願いいたします、サイラス様。」


「よろしく。君の実力を見せてもらおう。」


 開始の合図が鳴ると、カーラはゆっくりと魔法構成陣を展開し始めた。その動きは正確で、まるで熟練した職人が細工を施すように魔法陣を描いていく。しかし、その姿勢には、ダリウスほどの切迫感や緊張感はなく、むしろ余裕を持った態度が感じられる。


 周囲の空気が少しずつ熱を帯び、カーラの周りには炎の気配が漂い始めた。彼女は自信を持って、火球の魔法を放つ。その火球は一直線にサイラスに向かって飛んでいくが、サイラスは笑みを浮かべながら、防御魔法を展開し、火球を軽々と受け止める。


 火球はサイラスの防御に阻まれ、霧散する。カーラは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに次々と新たな炎の魔法を放ち始めた。火球、炎の矢、そして炎の槍、彼女の魔法は次々とサイラスに向かっていくが、すべてが防壁に阻まれて消えていく。


 次第に、カーラの呼吸が乱れ始め、魔法を放つ手が止まった。彼女の額には汗が滲んでいるが、その表情には焦りや動揺は見られない。むしろ、どこか冷静で、状況を見極めるかのような目つきでサイラスを見つめている。


 サイラスはその様子を見て、攻撃魔法の魔法構成陣を紡ぎ始めた。カーラがこの攻撃にどう対処するかを見極めるためだ。しかし、カーラはその動きを見て、静かに手を挙げた。


「参りました、棄権します。」


 彼女の声は落ち着いており、疲れを感じさせない。カーラは冷静に戦況を見極め、自分の限界を悟ったのだ。サイラスは彼女の判断を理解し、短く告げた。


「これまで。」


 カーラは優雅にお辞儀をし、軽やかな足取りで観客席へと戻った。その背中には、勝負に執着せず、自分の実力を冷静に見極める、彼女らしい自信と余裕が見て取れた

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