第109話 青白い光のむこう

 一人で歩く帰り道。街灯の明かりが影をぼんやりと伸ばしていて、少しだけ見えていた明日が、どんどん遠のいていく気がした。

 ふと足を止めて袋の中を覗く。一之瀬から受け取った手提げ袋だ。中には、貸していたカーディガンと、その上に赤いお菓子の箱が見える。


 ひょっとしてこれも……何か意味があるのだろうか。


 そう思うと、足はひとりでに進んでいた。


 ……今日は『ポッキーの日』。

 それだけの理由で? それとも——

 また俺は何かを忘れているのか……?


 考えると、胸の奥が締めつけられるような気がして、何かがじんわり溶けていくような温かさが押し寄せてきた。

 あぁーー、と苛立ち混じりの声が漏れて、思わず頭をぐしゃぐしゃとかきむしった。



 家に着くと、普段どおりの母さんと一言二言、交わしてから俺は部屋へと入る。そしてそのまま、暗がりの中で座り込んだ。



 小さく「ただいま」と言った。

 息を切らして家まで駆け込んだせいで、胸がまだ落ち着かない。


「あれ、桃子?」


 リビングからお姉ちゃんの声がしたけど、立ち寄る気力すらかず、そのまま自分の部屋に直行する。

 そして電気をつけるのも億劫おっくうで、そのままベッドに倒れ込んだ。

 頭の中はぐちゃぐちゃで、実際にはあれこれ考えているけど何も考えられなかった。

 枕に顔をうずめていると、ノックの音が耳に届いて、「桃子~?」とお姉ちゃんの優しい声がした。


「どうしたー? 平気ー?」


 と訊かれ、私は顔を伏せたまま、適当にドアの向こうに答えた。


「大丈夫。平気だからー」


 足音が遠のいていくのを確認してから、スマホを手にすると、暗い部屋の中で青白い光がぼんやりとした。LINEをひらいて、二、三文字タップして手が止まる。


 どうしたらいいのか、自分でもわからなかった。



 座り込んだままスマホを手にすると、画面の青白い光がぼんやりとして、暗がりの部屋の輪郭を浮かび上がらせる。

 ダイニングキッチンからは、何かを片付けるドタバタとした音が響いている。明日、母さんはアメリカへ発つ。


 どうしたらいいのか、自分でもわからなかった。


 乾燥したスネをいつまでも掻きむしったところで、痒みは増すばかりだ。

 どこにも逃げ場がない。

 出口のない迷路をさまよっている。


 俺は来るはずのないLINEを、ただぼんやりと眺めていた。

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