第107話 ごめん.1
*
ちょっとだけ安心した。
怒られると思ってたから……。
私が、必死に探している鳴海君のお母さんと偶然会ったということには驚いてはいるけど。
「……じゃ。俺、行くから」
え、もう?
「ちょっと待って」
私は、立ち上がってこの場を立ち去ろうとする鳴海君を呼び止めた。
「待って。もう少し話そ。ね?」
戸惑う鳴海君に、もう一度ベンチに座ってほしいと、気持ちを指し示してから、私は胸の奥で跳ねている鼓動を抑えながら思いを言葉にした。
「ほんと、ごめんね……。せっかく学校でまた会えたのに、私……ぜんぜん気づくことできなくて」
あ、いや、違う——
「——ごめん。ではなく、えっと、また会えたじゃなくて……えー。——あれ、あ、そうそう、初めてか。そう、初めて会ったとき」
言った途端、自分でもどうしてこんなに慌てているのかわからない。言葉はどんどん空回りする。
「あ、いや、私、えっと、全然気づけなかったのが、鳴海君が大変なことになってることに気づけなくてあ、あの……とにかくごめんなさい」
「別に、大変なことじゃないから」
鳴海君の声は、静かに聞こえた。
「そ、そうだよね!」
無理に笑って返す。けれどその場しのぎの言葉が届くはずもなく、胸の中が焦燥感でいっぱいになっていた。
「なんかごめん」
反射的に繰り返した謝罪に、自分でも嫌気がさしてくる。
「あ、なんか私、謝ってばっかりだね……えっと、ごめん! あっ、また言っちゃった……」
でも、そんな私を見て、鳴海君が微かに笑った。
……いつもの鳴海君だ。
そう思うことで、平静を保てる気がした。
「もう別にいいって」
そうこぼれた鳴海君の声は、どこか諦めにも似た穏やかさが混ざっているようにも思えた。
「俺自身、どこを覚えていて、何を忘れてるのかわからないし」
「そ……そうなんだ」
言葉の重みが胸にのしかかってきて、何か返事を返そうにも、私の喉は詰まったように声が出ない。
「何が本当で、何が違うのかも、俺にはわからないからさ」
見つめることしかできない私の視界に映る横顔は、またどこか知らない遠い世界に行ってしまったように感じてしまった。
「……」
沈黙のあとに声が届いた。
「俺と一之瀬の関係って?」
「——え?」
「俺たち……同じ中学で、バスケ部だったんだよね?」
「そ、そうなんだけど……」
何て説明すればいいのだろう。ちゃんと伝わるように話さなきゃ、そう思えば思うほど、脳みそがストップをかける。
ここで……私は……。
言わなきゃ——上手に伝えないと。
私は、ずっと——この場所で……
何気ないあなたの仕草に、気づけば何気なく
——でも、今、伝えるべきではないのかもしれない。
そう思うと、言えなかった。
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