第106話 バスケ.2
「あれ、ひょっとして……青幸中の鳴海君じゃない?」
男2の声に、胸がざわつく。この展開にはもううんざりしている。それなのに。
話を終わらせようと適当に、違う、と答えようと思ったのに、なぜか俺は「ああ、そうだけど」と言ってしまう。
案の定、男2の表情が一気に変わり、興奮した様子で手を叩く。
「まじか! すご! 本物だ!」
それと、無邪気な笑顔で「一緒にバスケやってくれないかな?」と言うのを断るのも、それもまた面倒で、俺はしぶしぶうなずいてしまう。そして気づけば、二対一の対戦が始まっていた。
まあ、そうなったところで、俺の遠距離の3ポイントシュートが軽々、次から次へと何本も何本もゴールに吸い込まれていくため、男たちは……
「……何だよ、こいつ……バケモノか」
と言い、あまりの実力差に嫌気を差して、すぐにその場を立ち去って行くのだけれども。
もう一度ベンチに腰を下ろして確信する。
……俺は、バスケをやっていた。それもかなりの経験者だ。
体は覚えてるのに、頭が忘れてるとか、どんだけ俺はポンコツなんだ——
そう思うと、ため息が出た。
……それと、一人の人物の顔が思い浮かぶ。
そして、その人物は、どうしてか、いつもここぞというタイミングで現れるのだった。
足音が聞こえて遠目に気づいた俺は、自然と視線を戻した。
「鳴海君っ!」
息を切らしながら、目の前に現れた一之瀬は、肩を大きく上下させながら、「よかったー」と安堵の声を漏らしている。
よかった?
いまいちピンとこなかった。
でも、必死な姿がその疑問を口にするのを飲み込ませる。汗ばんだ額と荒い呼吸で、全力でここまで駆けてきたことが一目でわかった。
「鳴海君」
一之瀬は、何年も会っていなかった友人にでも再会したかのような笑顔を浮かべて、「隣、座るね」と言って腰を下ろした。
二人の間には沈黙が落ちる。お互い口を開くでもなく、ただ時間だけが過ぎていく。
けれど、一之瀬のわずかに伏せられた瞳と、どこかぎこちない仕草に気づいて、何となく一つの考えがよぎった。
もしかしたら、今日、俺に起きたことを知っているのでは——
そのときだ。一之瀬が小さく息を吸い込み、ためらいがちな声を漏らす。
「……ごめん。鳴海君が記憶をなくしちゃってること、黙ってて」
俺はもう気づいていた。
初めて会ったときの一之瀬の驚きよう。お祭りに水族館。何でか俺は、拒否反応を示しながらも、どこか遠い昔の夏の日差しを感じていた。それに今日、中学時代の友達から見せられたバスケ部の写真。
もう間違いないのだろう。
そして——ここは、俺が一之瀬を二度、泣かせた場所だ。
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