第105話 バスケ.1
*
ありがとうございました、と声をかけてタクシーを降りると、ちょっとだけ冷たい風が肩を撫でる。
「本当にここで平気? 家まで乗ってったら?」
「はい、大丈夫ですっ。鳴海君を見かけたらLINEします」
少し寂しげな表情を浮かべるお母さんに、そう返して、私は軽く頭を下げた。
タクシーが走り去り、駅前の明かりだけが残る。空には夕陽の名残がほのかに残っているけれど、すぐに夜に飲み込まれそうだ。
鳴海君……。
家にちゃんと帰ってるかな、と思いながらも、不思議と私の足は自然に動き出していた。
言葉にはできないけれど、胸の奥から引っ張られるように足が進んでいく。
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気づけば足は自然と公園に向かい、バスケットゴールのある場所へたどり着いていた。
辺りは薄暗く、ほんのりと照明の光が地面に長い影を落としている。静かな空気の中で、ボールをつく乾いた音だけが響いている。
ベンチに腰を下ろし、無意識にため息が出た。
目の前では、同い年くらいの二人組がバスケをしていて、今日はやけにボールをつく音がいつも以上に耳ざわりだった。ボールが地面を叩くたびに、感情をかき乱されるような感覚に
俺は何となく気づいていた。
この記憶喪失という状況と、バスケが密接に関わっていることを。自分に寄ってくる人間は、例外なくバスケの話題を持ち出してくる。
そんなことをぼんやり考えながら、目の前でボールを追いかける二人を眺めていると——
「さっきから何見てんだよ!」
突然の声に顔を上げると、一人がこちらに向かって歩いてきた。目が合った瞬間、その喧嘩腰な態度に、俺は内心で舌打ちしていた。
「ああ、ごめん……」
素っ気なく無難に言って視線を逸らした。だけど、関わるのは面倒だと思ったのに、相手は引き下がる気配がないようだ。
「何かコイツ、むかつくんだけど」
そう言いながら、距離を詰めてくるため、俺はため息をつきながら仕方なくゆっくりと立ち上がった。
「な、なんだ、おまえ……でかいな……」
声のトーンが明らかに変わったのがわかった。目の前で威勢よく睨みを利かせていた男が、ほんの少し後ずさっていた。すると、そこへもう一人が駆け寄ってきて仲裁に入る。
「おい、やめとけって! ごめんごめん」
男2が軽く頭を下げ、男1を引き下がらせる。ほっとした表情を浮かべる二人を見て、やれやれと思ったそのときだった。
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