第103話 2年前のあの日⋯.1

 鳴海君の姿はなかった。

 遠目に映るお墓の前に立つお母さんの後ろ姿は、どこか寂しそうだけれど、どこか強さも感じた。その向こうに見える海が、沈みゆく太陽の光を受けて静かに輝いている。

 潮の香りが風に乗って漂い、私の髪を揺らした。


 ——ここが生まれ育った場所……


 そう思うと、少しだけ鳴海君のことを知れたような気がして、何だかうれしかった。


「離れてからそんなに経ってないのかも。線香はまだ消えかけだったから」


 お母さんが戻ってきて、ほっとした表情を浮かべながら言った。


「あと、さっき鎌倉の祖母から連絡があったの。やっぱり純はここに来てたみたい。祖父母に顔を見せてから、都内に戻ったって」

「よかった……」


 思わず口にしたその言葉に、お母さんも同意するようにうなずいた。


「一之瀬さん、本当にありがとう」


 お母さんがそう言って、優しく微笑む。


「いえ、私は勝手についてきただけですから」

 そう答えると、お母さんは少し黙り込んでから口を開いた。

「純ね……二年前、ここに来る途中で事故に遭ったの」

「えっ?」

「あなたのことは、中学生のとき、純からよく話を聞いてたから、ずっと伝えなきゃ、とは思っていたんだけど」


 思わず声を上げた私を見て、お母さんは少し言いにくそうに話を続けた。


「そのときね、自転車に乗ってた小学生を助けたらしいの。その子が車に巻き込まれそうになったのを、純がかばって。純も特に目立った外傷もなく、他の人たちにも怪我もなく大きな事故ではなかったんだけど、倒れ込んだときに、純は頭を強くぶつけてしまって……意識を失ったって聞いてる」


 私は適当な言葉を探すけど、何も思いつかない。


「情けない話なんだけど、私はそのときアメリカにいて、事故のことを知ったのは、救急隊が名前を聞いて鎌倉の祖父母に連絡をくれた後で」


 お母さんはそう話して、一度深く息をついた。


「鳴海の家は、ここらでは少し知られているから、すぐに身元がわかったって。でも……純はその事故のあと、記憶をなくしてしまった」


 鳴海君は大事な試合の前に、お父さんと話したかったのだろうか。

 そんなふうに、私は、ただ、鳴海君のことを考えるしかなかった。

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