第100話 もしものこと

「鳴海君に何かあったんですか!」


 思わず駆け寄って声を張り上げてしまった。

 お母さんは、私の制服をじっと見てから、息を整える間もなく話し始めた。


「あなた……一之瀬さん? 純と同じ学校……どうりで純が……」


 何かを言いかけて、言葉が途切れる。その掠れた声と焦った表情に、不安がさらに膨らむ。


「——鳴海君は⁈」


 たずねても、まともな答えが返ってこない。お母さんは、ただ震える声で訴えかけるように言葉をつなぐ。


「あの子……携帯電話も置いて、どこかへ行ってしまったの。そこら中探し回ったんだけど、どこにも見当たらなくてっ」


 聞いた瞬間、息が詰まるような感覚がした。何がどうなっているのか、全然わからない。ただ、普通じゃない状況だということだけはわかる。


「……私も一緒に探します!」


 自分でも驚くくらい早く声が出ていた。

 お母さんとLINEを交換し、急いで周辺を見渡す。

 まだ状況は飲み込めないけど、考えるよりも動かなくちゃ——

 鳴海君、どこにいるの——心の中で強く願いながら、私は走り出した。



「——一之瀬さん!」


 駅前のロータリーで、息を切らせた鳴海君のお母さんと合流した。


「鳴海君はいましたかっ?」


 訊くと、お母さんは首を振り、苦しげな表情を浮かべながら答えた。


「いなかった。だからさっき交番で事情を話してきたわ」


 交番……。それほどまでに大ごとなのだろうか。胸にざわりとした不安は広がるけど、「鳴海君、家に戻ってたりしませんか?」と、思わず口にすると、お母さんは少し肩を震わせながら、毅然きぜんと首を振った。


「それはない。家には置き手紙があるから、もし純が家に戻ったら、絶対に連絡を入れるはずだから……」


 言うけど、まだお母さんは、そわそわした様子だ。


「とりあえず、少し落ち着きましょう」


 そう考え、思い切って提案をしてみるけど、そんな言葉は、強い口調で一蹴される。


「そんな悠長なことを言ってる時間なんてないわ! もし純に、もしものことが何かあったら……」


 お母さんは何か、最悪の事態を想定しているのか、目が一瞬濡れたように見えた。


「一之瀬さん?」


 不意に名前を呼ばれ、我に返る。お母さんが真剣な顔でこちらを見ている。


「最近、純に何か変わったことはなかった?」


 ……変わったこと。


 記憶をたどるように、あのことが思い浮かんできたところで、続けて質問が飛んできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る