第97話 同じバスケ部?.2
思わず視線が彷徨う。遠くで何かが引っかかる。その記憶の糸は、たぐればたぐるほどとけていくようだ。
だけど、そのとき一つ引っかかった。
バスケ部だと聞かれたのは、これで三回目だ。
一度目は、男子バスケ部の十二番。それと二度目は、鈴木。
俺は恐る恐る口を開いた。
「……何か証拠、ある?」
男は一瞬、目を丸くして「証拠?」と、引きつった笑みを浮かべながら、俺の顔をじっと見つめている。
「純、大丈夫か……?」
そう言いつつも男は「ちょっと待ってろよ」と言いながらスマホを手に取って、画面を何度も指で滑らせる。
すると、「……お、あった。ほら、これ」と、画面をこちらに向け、指先で画面を軽く叩く。
目に飛び込んできたのは、体育館で撮られた集合写真だった。弾けるような笑顔とユニフォーム姿の男女がポーズをとって並んでいる。
そして——そこには、俺がいた。
少し離れたところには一之瀬の姿もあった。真っ直ぐで、曇りのない笑顔を浮かべている。
頭の奥がジンと痺れる。
これは紛れもなく、俺だ。なのに——どうして、何も思い出せない?
「何だ、これ……?」
自分の声が震えているのがわかった。心臓がどくん、と大きく跳ねているのも。目を凝らしても、どれだけ瞬きをしても、写真は変わらない。そこにいるのは、確かに俺だ。
でも、俺の記憶にはない。
きっと悲壮感が全開だったのだろう。重苦しい雰囲気に耐えかねたのか女子は心配そうに眉を寄せて、男に話しかけ始めた。
「ねえ、ちょっと……ヤバいんじゃない? そういえば、噂で聞いたよ」
「何が?」
「ひょっとして鳴海君、記憶喪失なんじゃない?」
「はあっ⁈」
裏返った男の声を遮るようにして、俺の声が響いた。
「——ちょっと待って! 記憶喪失? 俺が?」
息が詰まったようで胸が苦しい。自分の声が遠くに聞こえる。信じられなかった。
「俺はほんとに同じ中学でバスケをやってたんだよなっ?」
必死に問いかける俺を見た二人からは何も返事はない。そして少しだけ間を置いてから、気まずそうに目を逸らしながら言う男の声が届く。
「ああ、間違いないよ。悪かったな。純も、大変だな」
その言葉が終わると同時に、二人は「じゃあ、またな」「またね」と、足早に去っていった。まるで逃げるように。
残された俺は、静かに息を吐く。
心がひどく、空っぽだった。
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