第93話 お試しなるもの⋯.3

 慌ててスマホの画面に目を落とすと、そこに浮かんだ文字を見た瞬間に、胸がふっと軽くなった。


 ——よかった。


 思わず息を吐き、テーブルに力が抜けるように身を預けた。

 結衣からの、安心させるメッセージ。『二、三日で復帰するから!』それと、心配させてごめん、のスタンプ。


「何? どうしたの? ひょっとしてコーチでも怒らせたんじゃないでしょうね?」

「違うって。そもそも、うちのコーチ。昔の指導者みたいに怒鳴る人じゃないし」

「そうなの? 良いわね。令和っぽいじゃないっ。最先端って感じ!」


 お母さんの無邪気な言葉に呆れて笑ってしまった。


 最先端——たしかに、そうかもしれない。


 今日、コーチは皆んなの前で謝っていた。結衣の怪我はコーチのせいじゃないのに、自分の熱量が伝わりすぎたせいだといっていた。士気を上げるタイミングを誤ったことで、オーバーワークを招いたと、真剣に反省していた。

 そんなコーチを、私は尊敬している。

 常にアメリカなどの新しい戦術やトレーニングを学んで取り入れていると聞いたし、教え方も理論的でわかりやすい。何となく、鳴海君に似ている気がする。

 3ポイントシュートの成功率の波が激しいことも、私のメンタルからきているのだと見抜いているのか、何も言ってこないし——。



 翌朝、学校の昇降口で、当然のごとく沙織んにすぐ捕まった。


「結衣、ほんとよかったー。どうなることかと思ったよぉー」


 勢いよく顔を覗き込まれて、私も改めて胸を撫で下ろした。


「うん、ほんとに」


 自然と口から出た言葉に、改めて本当によかった、と思った。


「今日、明日、回復のために、結衣、休むって聞いてる?」

「うん」

「まあ、結衣は成績優秀だし、授業出なくても全然平気だからなー」


 いつもの明るい調子で言う沙織んの笑顔を見て、私も靴を履き替えながら、だね、と相槌を打った。

 昇降口を上がると、沙織んは肩を回しながら、澄んだ朝の空気を吸い込みリラックスした様子で軽やかに言った。


「よぉーーし。うちらも今日は練習休んで、明日っから本番に向けて気合い入れていきますかぁーー!」


 そんな沙織んの余熱を感じつつ、私も少しだけ再びギアを入れるのである。



 校舎を出ると、頬に柔らかな風が触れた。今日は寒さはそれほどでもないが、空には雲が広がっていて、昼間だというのに薄暗い。


 ——滝本、今日休みだったな。

 風邪……本当だったんだな。


 ぼんやりとそんなことを思いながら、校門を一人で出ると、昼ごはん——どうしようか、とも思う。


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