第87話 気になる結果⋯

 朝、目が覚めると、何だか落ち着かない。いや、正確にはいつも通りに過ごしているつもりだ……。

 布団を畳んでいると、ふと違和感があった。寝ぼけた頭で見下ろすと、着ていた服が裏表逆なのに気づく。タグが首元に引っかかっていて、慌てて着直した。

 そのあとも何かがおかしい。歯磨きをしている間にテレビの音に気を取られ、水を含んだままくしゃみをしてしまったり、カバンに入れたはずの財布を探して部屋中をひっくり返したり。結局、それは玄関に置きっぱなしだった。

 ダイニングキッチンでは、テーブルに座ったばーちゃんが新聞を読んでいた。


「おはよう」


 言いながら椅子に座って朝食を口に運ぶ。けれど落ち着きのなさは収まらない。目の前の食事よりもスマホが気になって仕方ない。右手で箸を持ちながら、左手で画面を何度も確認する。


「朝から落ち着きないねえ~」


 ばーちゃんが新聞の端から顔をのぞかせて微笑む。


「いや、別に……なんでもないよ」


 わざとらしくスマホを置き、味噌汁を飲むふりをして誤魔化した。

 食事を終えて食器を流しに運んでいると、ばーちゃんが思い出したように口ずさんだ。


「ああ、そうそう。来週またお母さんが戻ってくるって連絡があったよ」

「そうなんだ」

「純君の顔を見てから、また海外に行くんだって。ほんと、忙しい子だねぇ」


 ……ん?

 違和感を感じて一瞬、箸が止まった。

 何もないよな?


 ばーちゃんの穏やかな様子とは別に、米つぶが一つ喉の奥でつかえたような気がした。



 パン屋での昼下がり。

 一番忙しい時間帯を過ぎた頃、友希さんが俺の肩を叩いてきた。


「純君、お疲れさま。休憩していいよ」

「ありがとうございます」


 短く礼を言いながら手を拭き、休憩スペースへ向かう。

 カウンターに座り、出された焼きたてのパンを手に取り、まだほんのり温かいそれを口に運んでいると、アイスコーヒーを持った友希さんが隣に腰掛けた。


「はい、これサービスね」

「ありがとうございます」


 一息つけたと思ったとき、友希さんが「ごめんね、せっかくの休日なのに手伝ってもらっちゃって」と、少し申し訳なさそうに声をかけてきた。


「いや、大丈夫ですよ」

「週明けには、おばあちゃんが退院して、もう少し落ちつくと思うから」


 たしか、前に聞いていた、滝本の祖母。パンをちぎりながら、はい、と返事をすると、友希さんは、は頷きながらカップを手に取る。


「どこか具合悪かったんです?」


 検査入院にしては期間が長かった気がした。

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