第85話 従兄妹
駅に向かう道がいつもより長く感じる。空がやけに広いのに、隣を歩く男との距離ばかりが気になる。
そんな俺の気持ちなど知るはずもなく、糸田は口を開く。
「鳴海、付き合ったことあるのか?」
「……いや、ないけど」
答えると、糸田は嬉しそうな顔をして、「ほんとか? 俺もだ」と言い、急に俺との距離を詰めてきた。
「あのマネージャーは?」
馴れ馴れしさに若干引きつつも訊いてみた。二人が一緒にいるところは何度も目にしていた。
「ああ……恵美のことか」
糸田が軽く笑う。
「あれは俺の
聞いて納得した。それと、こいつは誰かに恋をしているけど悩んでいる、ということも。
それは……俺は部活に集中したい、とか、今年の夏に怪我した、とか、プロとかは目指してないけど一度決めたことだから悔いのないよう全力を出したい、とか、全国のチームと戦ってみたい、などと一人で熱く語っているのを聞かされて、いっそう感じた。
駅に着くころには、その伝染してきた熱量をさますように俺はブレザーを脱ぐこととなる。
たく、滝本のやつめ。
次の日、学校の放課後。俺は今日、
日頃の行いの悪い滝本の罰として手伝わされているのだが、肝心の本人は途中で俺に全部押し付けて逃げ帰った。そのせいで、予定していた時間をとっくに超えている。……というか、そもそも俺は無実だ。
ちらりと外に目を向けると、夕陽が落ち始めていて、空がオレンジ色に染まっている。ため息をつきながら段ボールを運んでいると、体育館の方から聞こえてきたのは、ボールが床を叩く音と響き渡る声——
その、まるで空気ごと切り裂くような迫力に、足が体育館へと向かう。思わず扉からぼんやりと眺めていると、背後から明るい声が飛んできた。
「あ、鳴海先輩!」
男子バスケ部のマネージャーだ。彼女の表情は相変わらず元気そのもので、にこにこと笑いながらこちらに駆け寄ってくる。
「……バスケ部、すごい気合いだな。紅白戦?」
「ですね! いよいよですからね」
「明日だっけ?」
「明日、明後日やって、来週が最終日です」
マネージャーは、はきはきとした声で説明しながら、「あ、一之瀬先輩、絶好調みたいですよ!」と嬉しそうに付け加えた。
「そうなんだ」
彼女の明るさに少し圧倒されながら、とりあえず相槌を打つ。すると、突然握りこぶしを作り、満面の笑みを浮かべながら言い放った。
「これぞ、ラブパワーですねっ!」
その一言に、俺は無意識に少し後ずさってしまい、その無邪気な勢いと自信に圧倒される。なんとか軽く笑ってその場を後にしようとするけど……
「こんなに没頭できることがあって、うらやましいです」
この一言に足が止まった。
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