第83話 過去と今.2

 ふと気づけば、自然と視線が公園全体を巡る。足下の、きちんと整備されたアスファルトのコートにリング。そして無数の記憶の欠片が詰まったベンチ。

 ——また、ここに、鳴海君と一緒に来れるなんて思ってもみなかった。

 そんな思いが、まるで波のように心を押し流して過去へといざなっていく。



 中学最後の夏の大会が近づいてきた時期に、この場所で練習をしていた。

 その頃には、私の3ポイントシュートの精度も高くなっていて、鳴海君の真骨頂のディープスリーを練習していた。アドバイスの甲斐もあって、放ったボールは何度もゴールに吸い込まれる。


「やった、私、すごっ」


 得意げに自画自賛していると、鳴海君が、にこにこしながら寄ってきて「俺のおかげねっ」と言ってくる。

 この頃の鳴海君はちょっぴり可愛いかった。


「はいはい、わかってますよ~」

 と、私が呆れたふりをして返すと、

「俺は、五十本連続で3ポイント決めたことあるしね」

「はいはい、すごい、すごい」

 と、軽くマウントを取ってくる鳴海君を、私は適当に褒めたたえる。


 そんなことをいつもしていた。


 いつの間にか、鳴海君がボールをつき始めていて、その規則正しいリズムが静かな空気を震わせるたびに、自然とその動きに目を奪われた。


「まあ、試合の本番で入らなきゃ意味ないけどね」


 たしかに、本番のプレッシャーの中で放つシュートは全く別物だった。


「ねえ、あれ見せてっ」


 それは、鳴海君が試合中によく使う技だった。

 自分の股の間にボールを通して、相手ディフェンスのタイミングをずらすフェイント。レッグスルー。

 鳴海君は小さく笑い、軽快なステップを踏みながらレッグスルーをして、そのままシュートをする。そして迷いなく放たれたボールは、高い弧を描いてリングを通り抜ける。


「どお?」


 振り返りながら投げかけたその一言に、鳴海君の無邪気な自信がにじんでいるのを感じた。



 そのとき、不意にボールをつく音が耳についた。

 そして、一気に現実へと引き戻された私は顔を上げ、自分の目を疑った。

 たぶん、その辺に転がっていたバスケットボールが風に流されて、鳴海君の元へといったのだと思う。


「入るかな……」


 呟くように言った鳴海君は、いともたやすくレッグスルーをしてから、そのままディープスリーを放つ。ボールは見事にリングを通り抜けた。


「あ、入った」


 驚いたように呟く鳴海君の声に、私は言葉がでない。


「どお?」


 二人の思い出が散らばる公園。振り返りながら投げかけたその一言。

 それは、記憶の中と、目の前の鳴海君が完全に重なって見えた瞬間だった。胸の奥で鼓動が先走っていて声にならない。

 知らないうちに、涙が少しだけ溢れてしまったみたいだ。鳴海君に、「お、おい、ちょっと、どうした?」と指摘されて自覚した。また、困惑させてしまった。

 私は、風でゴミが目に入ったことにして、その場をやりすごした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る