第82話 過去と今.1

 そのあと改札を出て、ふいに声をかけられる。

 杏からのメールにあったふたつ目の話題。それは私が危惧していたこと——。


「おー、やっぱ、純と一之瀬じゃん!」


 聞き覚えのある男子の声が、後ろから私たちを呼んだ。振り返ると、そこには中学時代の友達。私は愛想よく答えるけど、鳴海君は不思議そうな表情を浮かべたまま何も言わない。


「純~、こっち戻ってきてんなら教えてくれよー」


 明るい声が続く中、私は少しだけ心臓が早くなるのを感じた。この話題は……鳴海君にとって大丈夫なのだろうか。けど、

 すぐにスマホが鳴って、画面をちらっと確認した友達は、「あ、悪い。用事あるからまたな!」と手を振りながら走っていく。


 杏からのメールには、星ヶ丘学園のことと、鳴海君についてだった。何やら、元青幸中の生徒たの間で鳴海君の話が、以前より増して持ちきりなのだという。

 まあ、身長高くて目立つし仕方がないのかもしれない。女子からの人気は中学生の頃から絶大だったし。


 何事もなかったかのように歩き出したけど、心のどこかで、何かがずっと引っかかる。鳴海君は、自分が記憶をなくしていることをどれくらい自覚しているのだろう?

 触れない方がいい。何となくだけどそう感じて、これまで私はその話題を避けてきた。

 それでも、この前の試合で声を上げてくれたことを思い返すと、もしかしたらバスケについては思い出し始めているのかも、なんて考えたりもする。


 でも……いまさら感もあるし、訊けない。


 とにかくこれらのことで、鳴海君の平穏な生活が脅かされないでほしい。横目でそっと鳴海君の顔を見上げながら、私はそう思うのだった。



 ——あった。

 朝練をしていた公園にやってきた。


「ごめんっ、鳴海君。取ってくるから、ちょっと待ってて」


 置きっぱなしだったブレザーを見つけた私は、ベンチの方へ駆け寄った。

 風が冷たい。晴れてはいるけど、今日は時折吹く強い風が肌にじわりと染み込んできた。借りた結衣のブレザーが、いつも以上に暖かく感じ、この恩はちゃんと返さなきゃ、そんなことを考えながらブレザーを手に取る。


「よかった……」


 静かに声が抜けて肩の力が抜けるのを感じた。するとそのとき、じわりと心の中で広がる感覚があった。


 ……そういえば。


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