第80話 対する緑色.1

 あれからというもの、鳴海君との仲は平穏な関係を築けている。たぶん。自分としてはだけど。

 水族館に行ってからは、少なくとも顔を合わせれば普通に話せるし、たまたま部活と、バイトの帰りの時間が重なったときには、一緒に帰ったりもしている。


 昨日なんて、応援されてしまったし……。

 ——いや、あれは平穏とはいえないか。


 昼休みのチャイムが鳴って、結衣のいる窓際の席を目指して歩いていくと、何やら騒がしかった。廊下へ視線を送ると、先生に連れられた滝本君と鳴海君が、右から左へと消えていった。


「どうしたんだろ? あの二人、怒られてたよね?」


 結衣は私を見ながら嬉しそうに話しかけてきた。そのとき、ポケットの中で振動した。


「結衣、鳴ってるよっ」

「あっー、スマホ! ポケットに入れっぱなしだった。桃、悪いけど取ってくれる?」


 私は、結衣のブレザーを着ていた。今朝、公園で朝練をしていたとき、ブレザーをベンチに置き忘れてしまい、仕方なく借してもらっていた。結衣は淡いブルー色をした、ニットのカーディガンを羽織っている。


「沙織んからメールだ」


 スマホを渡すなり画面を確認した結衣は、くすくすと笑って私を見る。


「ヤバ……あの二人。ピザ注文してたのが先生にバレたんだってっ」

「え、何でまたピザ?」

「絶対、鳴海君は貰い事故だよね!」


 私もつられて笑ってしまった。たしかに、許しを懇願こんがんするような笑顔の滝本君とは対照的に、鳴海君は不服そうな表情をしていた。

 そのとき、廊下の騒がしさが消え弁当を広げようとしたときだ。ふと視線を落とすと、床に白い紙が一枚落ちていた。


「あ、結衣、ごめん。これ、さっきスマホ取ったときに落ちたかも」


 私は紙を拾おうと手を伸ばす。その瞬間、文字がちらりと目に入った。何かの走り書き? そこには『好きです』『笑顔』──まるで、愛の告白のような言葉が並んでいる。


「え、これって…」

「ちょっ! それ返して!」


 結衣は声を上げると私の手より早く紙を掴む。机の上で弁当箱を挟んで向かい合う結衣の頬が、いつもより赤い。


「結衣、それ…もしかしてラブレター?」

「違うし! ただのメモ!」

「え~? こんな情熱的な~?」


 軽く茶化してみても、いつもなら鋭く返してくるはずの結衣が、口ごもったままだ。その余裕のない様子に思わず声がこぼれた。


「……可愛い~」


 じっと見つめると、結衣がさらに顔を赤くする。


「もううるさい! 早く弁当食べなってばっ!」


 結衣にもこんな一面があるんだ、と思いながら私は箸を手に取った。

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