第78話 もう一本っ!

 そう鼓動を早めながら俺は——だめだ、と自分にも言い聞かせようとするけど、胸がざわざわして落ち着かない。

 次のシュートもどこか消極的だ。見ているだけで苦しくなる。


 ——次はどうする? 3ポイント打つか? でも……これを外したら終わりだ。三本連続で外したら、次はもう打てなくなる。


 ……でも、


 と、言葉を溜めながら、俺は無意識に拳を握っていた。


 ——それでも、シューターは……それでも打つしかないんだ。


 気づけば、声に出していた。


「もう一本っ! 逃げるなっ! 打てっ!」


 その瞬間、自分の声で体育館全体の空気が張り詰めたのがわかった。そのあと、一之瀬が放ったボールはリングに吸い込まれ、歓声が上がる。


「……俺、バイト行くわ」


 滝本に背中を向けながら、思わず口をついて出ていた。


 ……この空気は気まずすぎる。


 ボールが外に出て試合が止まるたびに訪れる沈黙みたいなものが耐えられなかった。考えすぎだとは思うけど、ギャラリーの視線が自分に向けられているような気がした。


「へいへーい。いってらっしゃ~い」


 滝本がニヤりと笑った気配だけが背中に残る。その茶化すような軽い声は、何だか、全てを見透かされているように耳に届いた。


 外に出ると、もうすっかり空気は冷たくて、やけに体に染みた。まだバイトまで時間はある。どうするか。

 俺はひとまず、冬混じりの空を見上げ、深い息をつくこととした。



 試合が終わってからは大変だった。

 コーチの話が終わると、すぐに結衣と沙織んと、何人かのチームメイトに囲まれて、追い詰められるように質問攻めにあった。コーチにはにらまれていた気がするし。あれは絶対、部活動に恋愛持ち込むな派だ。

 おかげで、どう答えていいか分からない私は、ボールカゴに山積みされていたボールを誤って全部ぶちまけてしまった。

 まあ、それでも……

 また、やってしまった。反省せねば。

 と、思いつつも、転がったボールを必死に拾い集めながら、耳に残るあの声援を思い返して、静かに胸を満たしていたのだけれども。


 玄関を開けると、リビングからお母さんの陽気な鼻歌が聞こえ、その声に思わず肩の力が抜ける。

 入ると、テーブルにはアイドルのグッズが所狭ところせましと並んでいて、お母さんとお姉ちゃんが楽しそうに話していた。

 ……推しのライブ帰りだな。

 二人ともそれっぽい派手な格好をしている。


「ただいま」

「おかえり~。今日は早かったわねー?」


 お母さんがグッズを手に取りながら振り向く。どちらも推しのメンバーカラーを全力でまとっていて、正直、ちょっと引く。


「今日は軽めの強化試合だけだったから」

「どこと?」

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