第74話 覚えててくれたこと.1
「……死んだあとに再生するって、どんな気持ちなんだろう?」
いつの間にか、手の届かない水槽の向こうにいる鳴海君へ問いかけていた。胸の奥にうずく切なさに背中を押されたような、そんな気分だった。
「俺は、ちょっとかわいそうだなって思うけど」
ぽつりとこぼれたその声に、思わず顔を上げる。
「かわいそう?」
「……何度生まれ変わっても、この世界から逃れられないんじゃ、ずっと同じところに縛られたままでしょ? それなら俺はちょっと嫌かな」
その言葉は、静けさを波紋のように揺らしていて、何だか、水槽の中で揺れるクラゲたちが、どこかその切なさを代弁しているようにも思えた。
「人って……たぶん無意識に——どこか遠くにある何かわからない、自由を追い求めてると思うから」
ぼんやりとした口調だけれど、確かに含まれる思いが伝わってきた。それは鳴海君が見ている景色の
——記憶が戻ったら、もうちょっと私に歩幅を合わせてくれるかな?
そんな思いが、自然と胸の中に浮かんでいた。
水槽の前に佇む横顔は、クラゲたちが生む淡い光に照らされて、どこか
瞳の奥を覗き込めたら、どんな景色が広がっているのだろう。
鳴海君の心の真ん中に空いた大きな穴が、その考えを加速させている——そうだとしたら、それが埋まれば、少しは立ち止まってくれるだろうか。
せめて、私がいるこの場所に。
+
「……」
……黙ったまま一之瀬を見つめていると、おい、と思わず声をかけた。
呆れたように言ったつもりだったけど、その声が思いのほか柔らかく耳についた。
驚いたのは、クラゲに見惚れている間に、一之瀬が水槽の後ろに回り込んで、まるでクラゲに紛れるように下から浮かび上がってきたことではない。いや、厳密にはそれも少しは驚いたが、本当に驚いたのは別のことだった。
ベニクラゲの話を知っていたこと。それと、それを見ることが俺の目的だったと、どこか察しているようにも見えたこと。そんな偶然が、この瞬間に重なるのが不思議でならなかった。
滝本から『天然』とは聞いてはいたが、これもそれの類いなのだろうか。
……ただ、(一之瀬はいったい何がしたかったんだ?)
今、慌てて手を振りながら、恥ずかしそうに何かを言い訳しようとする一之瀬を目にしながら、もう一つの疑問が浮かんだ。
——たしかに、父さんとの思い出のベニクラゲを見に来たかった……
でも、何か引っかかる。
……俺は何か、大事なことを忘れているのでは?
何かが、心の奥底でクラゲのようにふわつく。
そしてそれは、このあと向かった先で気づくこととなる。
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