第70話 秋の空は移ろいやすい.4


 いつのまにか空は曇っていた。

 秋の空は移ろいやすい。

 胸騒ぎの一日は、こうして幕を閉じた。

 そう思っていた——

 でも——。



 その夜、曇天どんてんの空に、一筋の光が射し込んだ。

 どこからともなく、星のまたたきみたいに、私のモヤモヤを突き抜けて。


 なまりを詰め込まれたみたいにクタクタな体にむち打って、寝る前の準備を一通り済ませ、ようやくベッドに潜り込むと、真っ暗な部屋の中で、ぼんやりと光が灯った。この通知はメールだった。

 そして、眠たい目を擦りながら、画面をスワイプして、私は飛び起きた。


『明日、水族館に行かない?』

『部活が終わってから』



---



 祐天寺の駅前で、静かに時間を潰していた。バイトは滝本に交代してもらい、早めに切り上げてきた。

 駅の時計を見ると、まだ約束の時間まで少し余裕があった。

 手持ち無沙汰でポケットからスマホを取り出し、無意味に画面を眺める。だけど心の奥に引っかかっているのは別のことだった。

 今、自分がここに立っている理由を考える。

 昨日、鈴木との一件に区切りがついたと思っていた。結果はどうであれ、あの時点ですべてが終わったはずだった。けれど、どういうわけか鈴木は再び俺の前に現れた。バイト先まで足を運び、まるで何事もなかったかのように水族館の話を切り出してきた。

 鈴木を傷つけたのは、間違いない。その事実に疑いようはない。なのに、どうしてまた俺に関わろうとする?

 いや、それだけじゃない。一之瀬とのことにまで口を出してくるなんて、正直理解に苦しむ。あれだけ険悪だった仲だったのに。一体どんな心境の変化があったのだろうか。


 ——滝本の仕業か?


 一瞬、滝本の顔が脳裏をかすめる。鈴木のことを滝本に話した覚えはないが、あいつなら何かしら察していてもおかしくない。勘の鋭さでは学校内随一だ。ただ、どうにも違和感が拭えない。

 それに、なぜか鈴木はバスケ部の練習が今日は少し早めに終わることを知っていた。これもまた何か引っかかるところだ。

 考えれば考えるほど、解けない糸のようにこんがらがっていき、結局、答えは見つからないまま、目の前を行き交う人々の影に溶けていくのだった。

 そのときだ。遠くから小さな足音が近づいてきた。軽快というには少し焦ったようなそのリズムが耳に届く。

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